「すぐ崩壊する」の観測を覆した金正恩の10周年、侮れない実力と「らしさ」

KIM JONG UN’S DECADE

2022年1月27日(木)17時24分
レイチェル・ミニョン・リー(米分析サイト「38ノース」フェロー)

ハノイ会談の不調により、内政面でも外交面でも体制側の計算は狂った。だから正恩政権は締め付けの強化を優先し、柔軟性よりも国力強化と原理原則の維持を打ち出し、より閉鎖的な社会へと向かった。

ハノイ会談後の演説で、正恩は「自力更生」を国家の優先課題とした。それは外交的に孤立した時期の決まり文句と言える。こうして、アメリカと敵対するという建国以来の伝統的な思考方法が復活した。

アメリカとの対立が長期化すれば北朝鮮の苦境が長引くことになり、社会秩序を保つためには統制強化が必要になる。正恩はそう考えたのだろう。

演説後には「自力更生」に加えて、思想の一体性や「非社会主義」要素の排除、規律といった内容の議論が国内で盛んになった。アメリカに対して外交の扉を閉ざしたわけではないが、交渉に応じるための条件は今までより高く設定した。

新型コロナウイルスの感染予防を名目とした全国ロックダウンは、自力更生と社会統制の強化という路線の実行に、むしろ好都合だったと言える。20年12月制定の「反動思想文化排撃法」は、こうしたハノイ会談後の状況や、感染症予防対策の衣をかぶった統制強化という広い文脈で理解されるべきだ。

220201P42_KJU_05.jpg

正恩は建国の父だった金日成を意識している THREE LIONS/GETTY IMAGES

築き始めた独自のブランド

権力の継承直後から、金正恩は父・正日よりも建国の父として今なお敬愛される祖父・日成をモデルとしたイメージづくりに邁進してきた。

祖父は頻繁に演説を行い、定期的に党大会を招集し、集団の合議により決定を下すスタイルを取った。父はあまり国民の前に姿を見せなかったが、祖父は2人目の妻である金聖愛を伴って公の場に姿を見せ、国民とも気さくに交流した。

その祖父と同様に、正恩もたびたび演説をしている。12年4月に金日成広場で行った初めての演説は、明らかに祖父をまねたものだった。国民や兵士と交流する姿も頻繁に伝えられている。妻の李雪主(リ・ソルジュ)と共に公の場に姿を見せることもある。

そして権力継承から時間がたち、最高指導者としての自信が付き始めると、正恩は指導者として独自のブランドを築き始めた。現体制への潜在的脅威や政敵を残虐な方法で排除する伝統は維持しており、叔父の張成沢を処刑し、異母兄の金正男(キム・ジョンナム)を暗殺させた。

祖父の時代に始まった核兵器開発計画も継続させ、さらにミサイル発射能力を新たな高みに引き上げてみせ、17年11月には「国の核武力を完成させた」と宣言した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮のロシア産石油輸入量、国連の制限を超過 衛星

ワールド

COP29議長国、年間2500億ドルの先進国拠出を

ビジネス

米11月総合PMI2年半超ぶり高水準、次期政権の企

ビジネス

ECB幹部、EUの経済結束呼びかけ 「対トランプ」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中