日本語を職業にする外国人だからこそ分かる「日本語の奥深さ」と「文章の極意」
パックン 日本のプロの通訳の方って、空気を読んで相手側言ってないことでも足したりしない? 少なくとも英語の場合、それが多い。そういう「社会の潤滑油」になるような言葉が、日本語で暮らす上で欠かせないスキルだと思うんですよね。相手はこう思っているのだろう、という深読み。読者が深読みしていることを念頭に入れないと、しつこい文章を書くようになるんですよね。英語だと、はっきりと長々と書いてもいいけど、日本語では省略しないと、しつこく感じると思います。ハンナさんはどう思われますか?
ハンナ 私は短歌をやっておりまして、千四百年の歴史のなかで、母国語話者ではない、唯一の歌人としてデビューをして、新人賞も受賞させていただいていて。
マライ かっこいい!
ハンナ ありがとうございます。短歌というと伝えづらい、難しいところから日本語を学び始めたので、逆に論文の日本語って、意外とそこまで難しくなかったんです。余計な言葉を全部引いて、リズムに合わせて31文字をやりなさい、って言われて短歌を作り続けたので、鍛えられましたね。パックンの言う「うるさくない言葉」っていうことの大切さをすごく極められたというか。でも最初はやっぱり全く伝わらないんですよ、31文字しかないから。そこをすごく苦労しながらやってきました。
分かりやすさの判定法
パックン なるほどね。簡潔な文章の「極み」が、短歌とか俳句ですよね。日本人にチェックされたときに、納得いかない、これ絶対このままがいい! っていう、自分のこだわりってありますか?
ハンナ 私はメッチャありますね。短歌を作ったら、まず日本の方々に読んでもらって、伝わっているか確認するんですね。そのときにマネジャーさんから、「伝わらない」って言われて口げんかしたりします。
パックン もうマネジャーチェック、しなくていもいいんじゃない(笑)
ハンナ でも基本的には、助詞の細かさ、ひとつの「が」を「は」に変えた瞬間に世界観が変わったりする所が短歌ではすごく大事なので、そこは素直に受け入れようとしてます。
パックン なるほど。マライさんとか、シャハランさんはどうなんですか?
マライ 今のハンナさんの話、すごく分かるなあ。「伝わらないよ」って言われると、けっこうムカつくかも。あなた自身の日本語的にはそれがベストじゃないのかもしれないけど、正解があるわけではない。新しい日本語あっていいと思うんですよ、私は。
ハンナ メッチャ共感します。マライさん。
マライ ありがとうございます。私はドイツ人なので、いくら日本語を勉強したって、母語話者にはかなわない部分は絶対あるはずですよね。語彙も表現も。だったら、あえてそこを目指さずに、自分の日本語を作って、楽しいなあって思う日本語を書いた方がいいんじゃないかなあ。日本人の読者に対しても言いたいんですけど、正しい日本語を目指すだけではなく、自分の日本語、自分ならではの表現、って絶対あるはず。そっちでいった方がいいんじゃないかなって、ちょっと開き直っています。
パックン それいいっすね。僕は日本語覚えたてのころは、なんで「ムカムカ」と「ムラムラ」は違うのか、音はほとんど一緒で、どっちでもいいじゃん! って思っていたころもあって。正しい擬音が思い浮かばないときは、適当に「いやあ、今日はちょっと、ちょぼちょぼしてて!」とかに作ってた。まあ、通じないときは通じないですね。でも僕は、日本人に合わせていいかな、とこの数年でまた思うようになってきたんですよ。50歳で、少し丸くなったかもしれないですけど。シャハランさんはどうなんですか?
シャハラン あまり知らない人に見せて、「ダメでしょ」と言われたら、私もムカつくんですけど、でもほぼ毎日一緒にいる妻に言われると、「ま、そうですね」って言うしかないときは多いです。私はペルシア語も自分の娘に教えているので、言葉についていっぱい妻としゃべるんですよ。
パックン 素直に「かしこまりました」と。
シャハラン そうです。でも、完全に合わせると言うよりは、「停戦」ですね。戦って、これでオッケーにしましょう、みたいな感じ。