なぜ中台の緊張はここまで強まったのか? 台湾情勢を歴史で読み解く

TAIWAN, WHERE HISTORY IS POLITICAL

2021年10月9日(土)09時57分
野嶋剛(ジャーナリスト、大東文化大学特任教授)

李登輝の深謀遠慮

その蒋家統治の時代が終わりを告げた1980年代末、台湾に全く新しいタイプの指導者が現れた。李登輝である。台湾生まれで、日本教育を受け、京都帝国大学農学部で学んだ。蒋経国に農業専門家として登用され、後継者の座に上り詰めた。

当時、中台関係をめぐる世界の認識は大きく変わっていた。鄧小平の登場で改革開放を掲げた中国は国際社会に歓迎された。自分たちは中国の「本家」だと訴える台湾の主張は、むなしく響くだけだった。李登輝は、戒厳令の終了など蒋経国が始めた軌道修正をさらに加速させた。

大陸反攻を前提とする総動員体制を終わらせ、「中国」で選ばれた議員を多く含んだ国会を全面改選。「中国国家」の中身を少しずつ空洞化させ、実態に即した「台湾にある中華民国(中華民国在台湾)」につくり変えていく。「中国人」を育てるための歴史教育も、台湾中心に置き換えていった。

李登輝の歴史的功績は「台湾化と民主化」を無血で進めたことに尽きる。デモクラシーとナショナリズムの相性はいいが、その運用を誤れば、化学反応を起こして失敗国家に陥りかねない。李登輝はその両者を慎重かつ細心に進めていった。

中国の圧力をかわしながら、台湾は初の総統直接選挙を1996年に実施した。自らのリーダーを選ぶ選挙を重ねるほどに、台湾の人々は台湾の未来に関心を持ち、「台湾人」として選挙結果に自らの運命をコミットさせようとする。

台湾の人々は自分のアイデンティティーが台湾人であることを疑わなくなり、統一か独立かは選挙の争点ではなくなった。統一を掲げた政治家は台湾では生き残れなくなったからだ。これらは、李登輝の深謀遠慮が正しかったことを意味している。昨年、李登輝はその結果を見届けて世を去った。

理想と現実の狭間で

2000年の総統選挙で国民党が分裂し、漁夫の利を得た民進党・陳水扁(チェン・ショイピエン)が総統に当選し、台湾で初の政権交代が実現した。その陳水扁政権2期8年の後、08年に国民党が政権復帰し、馬英九(マー・インチウ)総統も2期8年を務めた。異なる政党、異なる総統の下の16年間、台湾は、対中強硬か、対中融和かの間を漂流した。

最大の原因は、経済的には対中依存が深まる一方で、「自分たちは台湾であって中国ではない」という台湾アイデンティティーが着実に浸透していったことだ。この状況については「結び付く経済、離れる心」「繁栄と自立のジレンマ」などの呼び方がある。精神的には中国からの自立を求めながら、繁栄の前提となる中国経済との関係は切ることができない。この矛盾に台湾が本格的に直面し始めたのは、この時期からである。

210921P18_TWH_11v2.jpg

馬英九(左)と習近平による初の中台トップ会談(2015年) EDGAR SUーREUTERS

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中