最新記事

歴史

通州事件、尖閣諸島戦時遭難事件... 昭和史に埋もれていた「事件」に光を当てる

2021年8月6日(金)11時20分
早坂 隆(ノンフィクション作家)

〈妊婦の人がギャーという最期の一声もこれ以上ない悲惨な叫び声でしたが、あんなことがよく出来るなあと思わずにはおられません。
 お腹を切った兵隊は手をお腹の中に突き込んでおりましたが、赤ん坊を探しあてることが出来なかったからでしょうか、もう一度今度は陰部の方から切り上げています。そしてとうとう赤ん坊を掴み出しました。その兵隊はニヤリと笑っているのです。
 片手で赤ん坊を掴み出した兵隊が、保安隊の兵隊と学生達のいる方へその赤ん坊をまるでボールを投げるように投げたのです〉(『通州事件 目撃者の証言』)

結局、通州に約300人いた日本人のうち、実に200人以上が犠牲になったとされる。

無論、当時の日中関係において、日本側が全くの無謬であったはずがない。しかし、日本の近代史教育では「日本が加害者」である事件ばかりが強調して教えられ、「日本が被害者」の事件はほとんど触れられない。その結果、全体としてのバランスを欠いた歴史教育となってしまっている。

だが、実際の戦争とは、相互性の中で拡大していくものである。一方が絶対的な加害者で、もう一方が絶対的な被害者であるという歴史認識にとらわれてしまっては、史実を大きく見失うことになる。意図的なトリミング(切り取り)をすることなく、丁寧に歴史を見ていく姿勢が重要である。

オトポール事件〈日本軍人によるユダヤ難民救出劇〉

「日本人によるユダヤ難民救出劇」と言えば、杉原千畝による「命のビザ」が有名である。しかし、実際にはもう一つ、救出劇は存在した。それが陸軍軍人・樋口季一郎が主導した「オトポール事件」である。

昭和13(1938)年3月8日、満洲国とソ連の国境に位置するソ連領・オトポールに、ユダヤ人の難民が姿を現した。ナチスの弾圧から逃れるためにドイツなどから退避してきた彼らは、シベリア鉄道に乗ってオトポールまでたどり着いたが、満洲国外交部が入国を拒否したために立ち往生していたのである。

その話を聞いて動いたのが、ハルビン特務機関長の樋口季一郎だった。ポーランド駐在の経験などがあった樋口は、ユダヤ人問題を深く理解していた。樋口はこの難民問題を「人道問題」として、彼らに特別ビザを発給するよう満洲国側に指導した。当時の日本はドイツと友好関係を深めていたが、樋口は自身の失脚も覚悟したうえで、難民救済を決断した。

結局、難民たちには「5日間の満洲国滞在ビザ」が発給されることになった。

3月12日の夕刻、ハルビン駅にユダヤ難民を乗せた特別列車が到着。難民たちは近隣の商工クラブや学校などへ速やかに収容された。当時、この難民救出劇を現地で目撃していたユダヤ人のテオドル・カウフマンは、樋口についてこう書き記している。

〈樋口は世界で最も公正な人物の一人であり、ユダヤ人にとって真の友人であったと考えている〉(『The Jews of Harbin Live on in My Heart』)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は3日ぶり反発、エヌビディア決算無難通過で

ワールド

米天然ガス生産、24年は微減へ 25年は増加見通し

ワールド

ロシアが北朝鮮に対空ミサイル提供、韓国政府高官が指

ビジネス

午後3時のドルは154円後半、欧州PMIでユーロ一
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中