最新記事

スポーツ

バイルズの棄権で米女子体操が得た金メダルより大切なもの

Jordan Chiles Applauds Simone Biles, Silver Medals Are 'Because of Who She is as a Person'

2021年7月28日(水)18時50分
マギー・ジャイル

5年前のリオ五輪でバイルズとアメリカチームが見事な演技を披露し、金メダルを獲得して以来、体操界は大きな変化を経験した。従順、規律、沈黙が才能と芸術性と同じくらい重要だと考えられていたスポーツの根本が揺らいだ。

バイルズは、アスリートの権利と精神的健康の重要性を率直に訴えるオピニオンリーダーとなった。以前は、人々が自分に期待しているからという理由で、自分としては不本意なことをやり続けたことが何度もあった。今はもう、そんなことはしない。バイルズが明らかにしてみせた姿勢は、東京五輪で獲得するかもしれないメダルの色を越えて、はるかに人々の心に響くかもしれない。

精神の健康を守るために全仏オープンを棄権した大坂なおみをはじめ、有名なスポーツ選手がみずからメンタルヘルスの悩みを公表するケースが相次いでいる。今回の行動で、バイルズもその1人となった。かつてはスポーツ選手が精神面での問題を告白することはタブーだったが、今ではかなり受け入れられるようになった。

米オリンピック・パラリンピック委員会のサラ・ハーシュランド最高経営責任者(CEO)は、バイルズが「自分の精神の健康を何よりも」優先したことに拍手を送り、組織として全面的に支援すると約束した。米女子体操協会の副会長は、バイルズの行為を「信じられないほど私心のない行動」と評した。

メダルより大切なこと

7月25日に行われた予選でバイルズの演技は珍しく精彩を欠き、アメリカチームはロシアにリードを許した。翌26日、バイルズは自分の肩に世界がのしかかる重さを感じる、とソーシャルメディアに投稿した。

ストレスがバイルズの練習に影響を与えていた。自信にも影響を与えた。そして、バイルズが跳馬に向かって走り出したとき、ついにパフォーマンスの面でも足を引っ張った。

団体決勝の日、バイルズは跳馬で後転跳び後方伸身宙返りに2回半ひねりを加える「アマナール」という技を予定していた。だがひねりは1回半になり、着地で大きく前方に飛び出してしまった。演技後、バイルズは椅子に座わり、アメリカのチームドクターマルシア・ファウスティンと話した。その後、段違い平行棒に移動するアメリカの選手団と別れ、会場を後にした。

数分後に会場に戻ったバイルズはチームメイトを抱きしめ、ハンドグリップを脱いだ。そんなふうに突然に、バイルズは演技を終えた。

「こういう形で棄権するバイルズを見るのは、悲しい。私にとって、このオリンピックは、ある意味バイルズのものだから」と、チームメイトのリーは振り返る。

バイルズは29日の個人総合決勝でオリンピック2連覇に挑むことになっている。また、大会の後半に行われる種目別決勝の4種目に出場資格がある。残りの試合に出るかどうかは、28日に落ち着いて考えてから決める、とバイルズは語った。

団体の優勝はロシアにさらわれたが、チャイルズをはじめアメリカチームの選手たちはそれほど気にしていない。金メダルは消えたかもしれないが、そのかわり、もっと重要なことが起きたかもしれない。それは選手たちにとって、決して悪くないことだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国の米国産大豆の購入は「予定通り」─米財務長官=

ワールド

ハセットNEC委員長、次期FRB議長の最有力候補に

ビジネス

中国アリババ、7─9月期は増収減益 配送サービス拡

ビジネス

米国株式市場・午前=エヌビディアが2カ月ぶり安値、
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中