中国共産党100周年、北朝鮮を「お手本」にした習近平の未来は危うい
THE PARTY IS NOT FOREVER
上海に開館した中国共産党第1回全国代表大会記念館 ANDREA VERDELLI/GETTY IMAGES
<7月に結党100周年を迎える中国共産党だが、現在の「北朝鮮モデル」路線は、将来的な選択肢を狭める一方だ>
人は100歳に近づくと、死について考える。しかし政党は100歳に近づくと、長寿にこだわる。7月1日に結党100周年を迎える中国共産党が、いい例だ。
独裁体制を敷く政党が寿命について楽観的なのは、奇妙にも思える。近代の独裁政党が100年も生きたことはないからだ。
共産主義政党や独裁政党が比較的短命な理由の1つは、現代の一党独裁体制が生まれたのが20世紀に入ってからだという点だ。最初の一党独裁体制であるソビエト連邦の誕生は1922年だった。しかし、もっと根本的な理由もある。独裁政党の下の政治環境が民主的政党のものに比べて、はるかに不快で野蛮だということだ。
独裁政党が死に至る確実な方法の1つは、戦争を起こして負けること。ナチスや、ムソリーニが率いたイタリアのファシスト党が、この運命をたどった。
だが多くの独裁政党は、はるかに凡庸な形で死を迎えてきた。限定的な改革で国民をなだめようとした共産主義体制は、いずれも崩壊した。旧ソ連では80年代の改革と情報公開が大変動を招き、共産主義者もソ連自体も歴史のくずかごに葬り去られた。
中国共産党に、そんな歴史は関係ない。100周年の祝賀で習近平(シー・チンピン)国家主席ら指導部は、自信と楽観主義を打ち出そうとしている。だが政治的に強気な姿勢を取るだけでは、生き残り戦略にはならない。彼らがリスク故いったん改革を排除すれば、残された選択肢は極めて限られたものになる。
魅力を増した「北朝鮮モデル」
習以前の中国は、シンガポールの政治モデルを目指したこともある。1959年からシンガポールを支配する人民行動党(PAP)は、ほぼ完全な権力独占と卓越した統治、優れた経済業績と国民の支持の全てを手にしているように見えるからだ。
だが中国共産党にとって、シンガポールの複数政党制や比較的クリーンな選挙、法の秩序は受け入れ難かった。PAPの成功に不可欠なこれらの制度を中国に導入すれば、いずれ共産党の政治的独占力は危機的なレベルまで弱体化すると指導部は考えた。
習の就任後、中国にとって「北朝鮮モデル」のほうが魅力を増した理由は、そこにあるのかもしれない。全体主義的な政治的抑圧、最高指導者への崇拝、自主独立を目指す主体(チュチュ)思想という北朝鮮の特徴に、中国は習の就任後8年間で次第に近づいている。
政治的には、市民だけでなく共産党のエリート層に対しても恐怖による統治が復活した。習は腐敗一掃キャンペーンの名目で粛清制度を復活させ、検閲を強化し、NGO(非政府組織)を含む市民社会の活動の場をほぼ排除した。自由に活動する起業家たちは、規制強化や刑事訴追、富の押収などによって抑圧された。