最新記事

中東

パレスチナの理解と解決に必要な「現状認識」...2つの国家論は欺瞞だ

The False Green Line

2021年5月18日(火)19時04分
ユセフ・ムナイェル(米アラブセンター研究員)

だがイスラエルによる一国支配が進み、パレスチナ人への人権侵害はひどくなる一方だ。具体的な政策転換を伴わずに「二つの国家」論に固執するのは、空疎なお題目を唱え続けることに等しい。

民主党議員が「私は二つの国家を支持する」と繰り返すのは、国内で銃乱射事件が起きて銃規制の議論が再燃するたびに共和党議員が「まことに遺憾だ」と繰り返すのとよく似ている。彼らが「二つの国家」を支持しているのは、本来なら悲惨な状況を変えられる立場にいながら、その正義を実現する責任を放棄し、悲惨な現実に目をつぶるのに都合がいいからだ。

それに、グリーンラインの存在を前提とすれば、軍事大国イスラエルと、その軍隊に占領された状態にあって国家としての主権を行使できないパレスチナが、あたかも政治的に同等な国家であるかのように見せることができる。それは一部の政治家にとって実に好都合な仮想現実だ。

210525P30_PNA_03.jpg

イスラエルによる空爆を受けてガザ地区に炎と煙が立ち上る IBRAHEEM ABU MUSTAFAーREUTERS

イスラエルを「自由」と評価できる仕組み

つまり、グリーンラインを前提とした議論であれば、パレスチナには自治政府があると言える。選挙で選ばれた政府があり、その政府の政策があると言える。現実のパレスチナはイスラエルの支配下にあるのだが、双方があたかも対等な立場にあるような幻想をばらまける。

いい例が、米国務省の作成する毎年の人権報告におけるイスラエルとパレスチナの記述だ。この報告は一貫してグリーンラインの存在を大前提としており、「イスラエル」と「ヨルダン川西岸およびガザ」を別々なセクションで記述している。だからこそ、イスラエルのセクションを「イスラエルは複数政党による議会制民主主義の国だ」という文章で始めることができる。

つまりこの視点は、イスラエルに支配されている何百万もの人々が、自分たちを統治する政府への投票権すら持たない事実を完全に無視している。彼らの数は無視できるほど少なくないし、彼らの置かれた状況は一時的なものでもない。50年以上も続いているのだから、多くの人にとってはこれが常態だ。

アメリカ生まれの国際人権擁護団体フリーダム・ハウスも、同様にグリーンラインの存在を前提としているから、イスラエルを「自由」度の高い国と評価できる。イスラエルという国と、その軍事占領下にある大勢のパレスチナ人を切り離して考え、参政権を与えられていない何百万もの人々を別なカテゴリーに入れてしまうから、そうなる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米国に抗議 台湾への軍用品売却で

ワールド

バングラデシュ前首相に死刑判決、昨年のデモ鎮圧巡り

ワールド

ウクライナ、仏戦闘機100機購入へ 意向書署名とゼ

ビジネス

オランダ中銀総裁、リスクは均衡 ECB金融政策は適
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 8
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 9
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 10
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中