最新記事

中東

パレスチナの理解と解決に必要な「現状認識」...2つの国家論は欺瞞だ

The False Green Line

2021年5月18日(火)19時04分
ユセフ・ムナイェル(米アラブセンター研究員)

国際政治の具体的な議論でも、このグリーンライン幻想は現実をねじ曲げる役割を果たし、実に不可解な結論に導いている。ヨルダン川西岸における、いわゆるユダヤ人入植地の問題を見ればいい。

そもそも、入植地はイスラエル政府の国家的政策として立案され、同国の政府機関と軍隊が建設し、守ってきたものだ。しかしグリーンライン幻想に取りつかれた人々の目には、イスラエル国家とは別な存在に見えてしまう。その結果、悪いのは個々の入植者だという議論になり、入植地の建設・維持・拡大を進めるイスラエル国家の責任は問われないことになる。

この考え方は、イスラエル政府に圧力をかけるためのBDS(ボイコット・投資引き揚げ・制裁)運動に反対する議論にもみられる。

その典型が、政治評論家のピーター・バイナートが2012年に発表した意見だ。彼はニューヨーク・タイムズへの寄稿で、イスラエルではなく入植地(の人や産品)をボイコットすべきだと主張していた。グリーンラインの向こう側はイスラエルではない、と考えるからだ。

EU(欧州連合)が15年に、ユダヤ人入植地の産品には「イスラエル産」ではなく「入植地産」というラベルを貼るよう加盟各国に指示したのも、同じ理屈だ。入植地の建設に関するイスラエル国家の責任を、個々の入植地に転嫁している。

評論家たちも幻想を捨て始めた

本人の名誉のため付言すれば、バイナートはここ数年で考え方を改め、20年には「一つの国家」の現実を認め、そこにいる全ての人に平等な権利を保障することが前進の道だと書いている。12年の寄稿には「グリーンライン」という言葉が9回も出てきたが、20年の寄稿では一度も使われていない。

グリーンライン幻想を捨てた評論家はバイナートだけではない。中東問題を専門とする学者やアナリストを対象とし、中東における現在の政策課題は何かを聞いた最近の調査では、回答者の59%が「イスラエルとヨルダン川西岸およびガザ地区の現実」を「アパルトヘイト(人種隔離)に等しい一つの国家」だと評していた。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチも最近の報告で、イスラエルがアパルトヘイトやパレスチナ人の迫害という犯罪行為を続けていると非難。その背景に占領地を含むイスラエル全土でパレスチナ人を支配しようとする政策があると指摘した。

カーネギー国際平和財団も同時期に報告書を出し、二つの国家を前提とした和平プロセスは「占領の現状を維持する足場の役割を果たすのみで、構造的に見ても平和と人間の安全をもたらすとは思えない」と断じている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米FRB議長人選、候補に「驚くべき名前も」=トラン

ワールド

サウジ、米に6000億ドル投資へ 米はF35戦闘機

ビジネス

再送米経済「対応困難な均衡状態」、今後の指標に方向

ビジネス

再送MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中