最新記事

欧州

欧州のインド太平洋傾斜・対中強硬姿勢に、日本は期待してよいのか

2021年5月5日(水)11時20分
渡邊啓貴(帝京大学法学部教授、東京外国語大学名誉教授、日本国際フォーラム上級研究員)

EU、インド太平洋戦略を発表

そうした中で4月19日にEU外相会議は、「インド太平洋地域における協力のためのEU戦略」を発表した。これはそれに先立つ英仏独の新たなアジア戦略の発表を受けている。

2018年6月にフランス政府は「フランスとインド太平洋地域における安全保障」を公表し、その翌年には同国防衛省が「インド太平洋におけるフランスと安全保障」「インド太平洋におけるフランスの防衛戦略」、 外務省が「インド・太平洋におけるフランスの戦略《内包的(inclusive)インド・太平洋を求めて》」を発表した。

そして昨年9月にはドイツの「インド太平洋ガイドライン」が公表され、今年3月には「競争的時代のグローバル・ブリテン、安全保障・防衛・開発・外交政策の統合レヴュー」が公表された。

そうした中での外相理事会の「EU戦略」発表だ。独仏が目指すEUの共通インド太平洋政策の進展も予想外に早くなりそうだ。

なかでもインド太平洋に熱心なのが、フランスだ。2018年12月に筆者は在フランス日本大使館主催の会合で日仏の海洋安全協力について講演する機会があったが、インド太平洋への関心と中国への警戒心が仏防衛関係者の間で高まっていたことは筆者にとっては意外な発見であった。

「ファイブアイズ(米英加豪NZ)」の枠組みを通して対中圧力を強めようとする英国と、米国と一線を画してアジア諸国との二国間条約によって対応しようとするフランスの姿勢は違うし、英独仏の間には対中圧力の温度差もある。

ドイツは中国を意識して日米印豪の「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)」につながる「インド太平洋」という言葉を使用することには抵抗を示していた。

英国は「グローバル・ブリテン」を打ち出し、BREXITを決定したときには、英国が主権を取り戻して中国・アジアとの関係を強化することが議論の俎上にあった。英国のEU離脱と英連邦の再生による世界への活路の拡大は表裏の関係にあった。

欧州の本音

EUの戦略や上記の英独仏の文書の共通の認識は、この地域が今後世界で最も発展の可能性のある地域とみられていること、またその地域において欧州が傍観者ではいられないこと。そうあることは欧州自身の将来のためにもマイナスであるという危機意識からのものでもある。

この地域は世界人口の60%、世界の国内総生産の60%、世界経済成長の3分の2を占め、2030年には世界の中産階層となることが予想される24億人のうち90%がインド太平洋地域の住人という驚くべき数字もある。

もはや「先進地域ヨーロッパ」を誇ってもいられない。うかうかしていると世界の勢力版図は確実に東にシフトする。「パワーシフト」は何も中国ばかりではない。しかもその中国はいずれ米国を追い抜く。

しかし、インド太平洋地域はまだまだ安全で平和な地域とは言えない。「開発協力・人道援助、気候変動・生物多様性の損失・汚染との闘い、および人権や航行の自由」などを含む多くの分野でEUはこれまでにも同地域で協力してきたし、今後もその必要性は大きい。

これらは英独仏、いずれの文書にも共通の認識だが、とくに世界の海上貿易取引の6割を占める(そのうち3分の1は南シナ海を通過する)この地域の航行の自由と安全は、貿易立国の3国にとって喫緊の課題であることでは一致する。加えて地政学的競争にさらされ、人権も保証されていないこの地域が今後も開かれたルールに基づいた安定した地域であることが望まれる。これこそ欧州主要国の本音だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送これまでの米利下げ、雇用の健全性に寄与=リッチ

ビジネス

訂正-自動運転の米ウェイモ、評価額1260億ドルで

ワールド

プーチン氏とサウジ皇太子が電話会談、OPECプラス

ワールド

イラン、米との会談巡り開催地変更と二国間協議を要求
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 3
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 4
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 5
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 6
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 7
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 8
    ICE射殺事件で見えたトランプ政権の「ほころび」――ア…
  • 9
    少子高齢化は国防の危機──社会保障を切り捨てるロシ…
  • 10
    「耐えられない...!」アライグマをペットにしている…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 7
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 8
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 9
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 10
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中