食物アレルギーは「免疫療法」で克服できる時代へ
食物アレルギー予防では「アレルゲン回避」が広く定着しているが…… monticelllo/iStock.
<従来の「アレルゲン回避」ではなく、原因食品を少量づつ摂取することで体を正常な状態に戻していく「免疫療法」が確立されつつある>
偶然アレルゲンに触れてしまえば(わずかとはいえ)死の危険さえある不安な生活を運命づけられた人たちに、医学はあまりに無力だった。しかし、そんな時代はもはや過去のものとなった。アレルゲンを避けるしか選択肢がなかった時代、治療法がまったくわからず何もできなかった時代は過ぎ去った。(15ページ)
食物アレルギーは決して「不治の病」ではなく、誰でも克服し、その戦いに終止符を打つことができる──そう説く専門家が増えている。
その一人で、アレルギー喘息の予防と治療で世界的に知られるケアリー・ナドー博士(スタンフォード大学アレルギー・喘息研究センター長)が、食物アレルギーについての最新研究と情報を詳細にまとめたのが、『スタンフォード大学発 食物アレルギー克服プログラム』(スローン・バーネット共著、山田美明訳、CCCメディアハウス)だ。
食物アレルギーとは、ある食物を摂取したときに、体の免疫システムがそれを有害物だと誤認して引き起こす症状を言う。じんましんや肌のかゆみ、目のかゆみ、鼻づまり、せき、低血圧などの症状が起こり、時には体の様々な器官が同時に影響を受ける「アナフィラキシー」を起こすこともある。
そのため、アレルギーを避けるために特に幼い子どもにはピーナッツや小麦、卵などアレルギーを引き起こすような食べ物を与えないほうがいいという「アレルゲン回避」が約半世紀、世界中で共有されてきた。特に1980年代後半から90年代前半にかけて、アメリカでピーナツアレルギーによる子供の死亡例がセンセーショナルに報じられたこともこれに拍車をかけた。
しかし、その後の研究で「アレルゲン回避」が逆に食物アレルギーを増やしていることが専門家の間ではすでに認知されている。2010年にアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)がアレルゲン回避には根拠がなく、食物アレルギーの予防にならないこと、そして2012年にアメリカ・アレルギー・喘息・免疫学会も「アレルゲン回避は時代遅れ」と発表している。しかし、アレルギー反応を起こすアレルゲンをあえて摂取することへの抵抗感は大きく、今でも「アレルゲン回避」はアレルギー対策・治療法として根強く広まっている。
免疫療法でシステムを再教育する
では、なぜ、「アレルゲン回避」が食物アレルギーを増やすのか? それはまだ脆弱な幼児期の免疫システムに食べ物という異物が無害であることを早めに教えることができないからだ。むしろ、生後早いうちから多くのアレルゲンに触れさせることで、さまざまなタンパク質が「アレルゲン」ではなく「食物」と見なす免疫システムに作ることができる。それによって、食物アレルギーを予防することができるのだ。
しかも、乳幼児だけでなく、すでに食物アレルギーを発症している人にも、形勢を逆転させる道ができた。それが「免疫療法」だ。アレルギーの原因となる食物を、ごくごく少量ずつ摂取していくことで、それを敵と見なさないよう免疫システムを再訓練する。ゆっくりと、だが確実に、体を正常な状態に戻していくことができるのだ(ちなみに日本では、年齢制限がありつつも、2014年からスギ花粉、2015年からダニアレルギーの「舌下免疫療法」が保険診療対象となっている)。