【緊急事態宣言】コロナ対策を拒む日本人の「正解主義」という病
船橋洋一アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長(左)と國井修グローバルファンド戦略投資効果局長(右) ©Seiichi Otsuka, Newsweek Japan
<船橋洋一氏(元朝日新聞主筆)と、ジュネーブで活躍する感染症対策の第一人者・國井修氏が対談。2度目の緊急事態宣言が発令されたが、日本の現状は世界から周回遅れの状況にある>
※前後編の対談記事の後編です。前編はこちら:【船橋洋一×國井修】日本のコロナ対策に足りない3つの要素
シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(API)が2020年10月にまとめた『新型コロナ対策民間臨時調査会 調査・検証報告書』が新型コロナウイルス対策に一石を投じている。同報告書は安倍晋三前首相をはじめ当事者への聞き取りなどを通じて日本のコロナ対策を検証し、種々の課題を指摘。デジタル化の推進や危機時に専門家を迅速に登用する「予備役」制度、経済活動の制限のための罰則と補償措置を伴う法整備などの対策の必要性を訴えた。
報告書を叩き台に、API理事長の船橋洋一氏と、國井修氏(「グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕」戦略投資効果局長)が、日本での今後の専門家委員会や官民連携のあり方、人材育成の方策についてオンラインで語り合った。(収録は2020年12月1日、構成は本誌編集部・澤田知洋)。
カネとヒト不足の解決策
<船橋>テクノロジーとデータに関してもう一つ付け加えたいのは、去年7月の段階で世界での新型コロナ関連の論文数約2万本のうち、日本発の研究は200本もないこと。これはいかにも少ない。政府が統合的なデータをタイムリーに公開していないから日本の研究者が不利になっていると思う。世界と協調して取り組んでいくべきときに、政府がデータ的な足場を十分に提供していない問題は大きい。
<國井>おっしゃるように、日本の世界への知的貢献は少ない。さらに一次データが世界からアクセスできるようにオープン化されていない。公開されていても紙媒体で日本語のことが多く、世界の専門家たちが困っていたようだ。個人情報保護とセキュリティーを考慮しつつ、いかに情報を迅速に共有するか。これは欧州から学ぶとよい。
他方で、日本は政府に頼りすぎる傾向がある。特にこれまで、国内のニーズが少ない感染症の検査・治療薬等の研究開発に関して、研究者は政府からの研究費が少ない、企業は政府の支援がなければ製品の国際展開が難しいと言っていた。確かに、欧米の状況と比較するとそうした声も理解できる。しかし、世界を見れば研究費も人材も機会も存在する。
例えば今回、流行初期に新型コロナ簡易検査キットを作った日本企業がある。そこに製品の世界展開、貢献を促したところ、金と人が足らず国内対応だけで精一杯だという。世界にはニーズがあり、ゲイツ財団や私の所属機関など、大量注文をする可能性のある資金源は少なくない。このように、内向き思考とグローバルな視野の欠如により、世界に貢献しながらも利益を得る機会を失っている例は日本に少なくない。
今後、民間企業や市民社会を活性化する「戦略的官民連携」も必要だ。連携のための連携でなく、明確な共通ビジョンを設定して、政府、民間それぞれの役割と行動を明確にする具体的工程、実施計画を作る。資金や人材は世界から集めてもいい。ここには外国人や女性、若者など多様な人材を積極的に参画させる。日本では多様性のなさが発想と行動力のなさ、変革の遅さにつながっているように見える。
「妥協」は悪くない
<國井>将来への提言としては、パンデミックだけでなくさまざまな健康危機を想定して、あらかじめ専門家のプール、バンクのようなものを作るべきだと思う。専門的にはサージキャパシティやロースター制などと言われるものだ。人権やジェンダー、行動科学、リスクコミュニケーション、経済の専門家も含め多様な人たちを選び、「最悪のシナリオ」のための予防、緩和、対策のための計画・戦略を予め策定しておく。
そして専門家の意見は政府から離れて独自に出していいと思う。政府の中に入ってしまうとみなさんご承知のように忖度などが起こってしまう。国際的には独立した機関がその見解を示すのは普通だ。政府がその意見をベースにしてどう対応するか考える、という仕組みが健全だと思う。
<船橋>私は政府の専門家会議と、完全に独立した民間の勝手連的なものは分けて考えたほうがいいと思う。忖度はしてはいけないが、本当のサイエンスアドバイザーというのは新型コロナ感染症対策専門家分科会の尾身茂会長のように、最後は首相との信頼関係においての交渉事のようにもなる。個人間の接触を最低7割、極力8割減に制限するという政府の目標設定のレンジに象徴されるように、妥協のようになることもあり得る。
これが科学者の堕落だとか政治の科学への介入だというような決めつけは良くない。なにが良いかは分からないなかで、最後は政治家が責任をとりつつ、ギリギリのところでアドバイザーと妥協してやっていくしかないのではと思う。
<國井>コロナ禍においては、専門家の提言と政府の判断が異なった国が多くある。未知のウイルスとの闘いで不確定要素が多く、社会経済的損失も考慮するとなると、これらが一致しない事態が生じるのは仕方がない。むしろ、正解がないなかで議論を戦わせるのは健全ともいえる。ただし、科学者の声が無視されたり、歪曲されたりする国もあり、それは問題だ。専門家の意見を聞きながら、最終的にはさまざまな要素を考慮して政治的判断をしていく。それが迅速で透明で健全に流れる仕組みが作れるとよいと思う。