最新記事

情報科学

インチキ陰謀論「Qアノン」がばらまく偽情報を科学は止められるか

CAN SCIENCE STOP QANON?

2020年11月4日(水)17時40分
デービッド・H・フリードマン

一方で研究チームは、SNS上でどんな投稿が人をポジティブにするかを調べた。こうして得た知見に基づいて、このグループに日焼けサロンの話題を振り、明るい雰囲気を保ちつつ、ときおり健康上のリスクを訴えた。すると、一部の母親は娘のサロン通いを禁じたという。

Qアノンにも同じアプローチが有効だと、パゴトは考える。「信条の在り方を理解すれば、適切なメッセージをより効果的に届けることができる」。Qアノンの信者と率直に話ができる人材を起用して、陰謀論に疑問を抱くよう、それとなく働き掛けてもらう手もある。

スーパースプレッダーの脅威

陸軍将校のトランメルは、Qアノンと感染症の類似性に着目する。スタンフォード大学では疫学者の数理モデルを借り、ある集団内で感染症の広がる速度が、環境の違いでどう変化するかを計算した。

トランメルによれば、Qアノンにもネット上で広い人脈を持ち、大勢の信者を取り込めるスーパースプレッダー(大量拡散者)がいる。SNSでは相手と物理的に接触しなくても情報を拡散できるから、実際のウイルスの場合よりもスーパースプレッダーの脅威は大きい。

だからトランメルはSNSの運営会社に対し、Qアノンでも特に活発なグループを「隔離」するよう提案している。隔離すれば、グループ内の交流は続いても、外部の人に感染させることはできなくなる。

既に感染した人を治療するのは難しいから、まずは感染を未然に防ぐ措置に注力する。これは疫学の基本。偽情報の場合も同じだ。トランメルによれば、大事なのはまだQアノンに染まっていない人たちに働き掛け、彼らが陰謀論に感染しないよう、Qアノン信者との接触を断つことだ。偽情報の兆候をつかんだら、SNSのプラットフォームが広く警告を発するのもいい。ワクチンの接種と似たような発想だ。

しかし新型コロナウイルス用のワクチンの場合と同様、偽情報に対するワクチンにも予期せぬ副作用が付き物だ。例えば、偽情報に対する予防的警告を何度も見せられた人は、それを無視しがちになる。そうした警告自体が偽情報ではないかと疑ってしまうからだ。

またSNSの主要プラットフォームだけを狙った対策も効果は期待できない。ジョージ・ワシントン大学の物理学者ジョンソンの専門は複雑系の研究で、今までは超電導や脳波のパターンといった難解な現象を相手にしてきた。しかし最近はQアノンなどの過激なメッセージの拡散に関心を寄せていて、その隠れたパターンの解明に多元的宇宙や移送転換といった物理学的概念を応用しようと試みている。

「彼らのコミュニティーは複雑で制御し難い」とジョンソンは言う。その複雑さの一因が、Qアノンやテロ組織が使う数々のプラットフォームだ。彼らは一部の人しかアクセスしない匿名掲示板から、誰もが使えるツイッターやインスタグラム、フェイスブックまでの多彩なプラットフォームを状況に応じて使い分ける。それがジョンソンの言う「Qアノン信者の多元的宇宙」を生み出し、個々のプラットフォーム上のコミュニティーでは独自のフォロワーや行動パターンが生み出されていく。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド、米通商代表と16日にニューデリーで貿易交渉

ビジネス

コアウィーブ、売れ残りクラウド容量をエヌビディアが

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト

ビジネス

米アルファベット、時価総額が初の3兆ドル突破 AI
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中