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情報科学

インチキ陰謀論「Qアノン」がばらまく偽情報を科学は止められるか

CAN SCIENCE STOP QANON?

2020年11月4日(水)17時40分
デービッド・H・フリードマン

とはいえ、ひとたびQアノンの主張にはまった人は主流派の情報源を見ようともしないのが現実。「Qアノンのような集団はSNSを利用して、陰謀論に弱い人たちの出会いの場を増やしている」と、メンツァーは言う。「どんな主張も、みんなでシェアすれば本物に見えてくる」

ファクトに勝ち目はない

ランド研究所政策大学院のジェニファー・キャバナー教授(政治学)に言わせると、Qアノンの持つ「引力」の本質は、Qアノンを信じることで得られるメリットにある。

そのメリットの1つは、幸福感や満足感を与える脳内化学物質のドーパミンだ。自分が信じたい嘘を真実だと肯定する情報に触れると、脳内で大量のドーパミンが放出されることは科学的に知られている。またQアノンは複雑な世界を単純化して見せ、コミュニティーへの帰属意識を提供する。「陰謀論が世界を理解する物差しになる。同じ話を信じていれば、それだけで仲間に受け入れられた気分になれる」と、キャバナーは指摘する。

こうしたメリットを増幅させるため、Qアノンは感情(特に怒りの感情)に訴える陰謀論をばらまく。子供の人身売買や小児性愛、悪魔崇拝や「闇の政府」の存在など。そうした恐ろしい話は、ひとたびそれを信じた人の心を大きく揺さぶる。

しかも、陰謀論を信じればメリット(幸福感や快楽)がある。そうであれば、こちらがいくらファクトを振りかざしても勝ち目はない。ファクトは帰属意識や強い感情に対抗できない。

ならば、陰謀論よりも感情的にメリットの多いストーリー(ただし真実に基づき、人を憎悪や暴力ではなく生産的で穏やかな行動に導くようなストーリー)を用意できないだろうか。研究は進んでいるが、まだ先は長いとキャバナーは言う。そもそもQアノン信者から見れば、科学者は「権威」の側の人。だから彼らのメッセージには、まず拒否反応を示す。その場合は、彼らが信頼しそうな人(地元の警官や聖職者など)を動かして、しかるべきメッセージを発信してもらう必要がある。

コネティカット大学の心理学者シェリー・パゴトは、そんなメッセージ戦略に取り組んでいる。研究対象は健康関係の偽情報をうのみにするグループだが、その一部は新型コロナウイルスの存在を信じず、ワクチンにも否定的だから、Qアノンの信者と重なる。

例えば、十代の娘が日焼けサロンに行くことを許している母親たちを対象とした実験がある(アメリカの一部の州では、未成年者が日焼けサロンに行く場合は保護者の許可を必要としている)。

母親たちに皮膚癌のリスクをいくら説明しても、ほとんど効果は見られなかった。そこでパゴトは、あえて回り道をした。フェイスブックに十代の娘を持つ母親のグループを立ち上げ、悩み事を相談できる場にしたのだ。彼女に言わせれば「聞きたくもない情報を押し付けるのではなく、生活に直結するコミュニティーをつくった」のである。

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