最新記事

ドイツ

「模範的な優等生国家」は幻想、ドイツで格差が拡大したのはなぜか

ALL EYES ON GERMANY

2020年11月12日(木)07時00分
ヘルムート・アンハイア(独ヘルティ・スクール・オブ・ガバナンス教授)

magSR20201111alleyesongermany-3.jpg

フランクフルトにある欧州中央銀行本部 KAI PFAFFENBACH-REUTERS

2005年以降のドイツ経済の回復と失業率の改善はハーツ4のおかげだとされるが、ブターベッゲによれば、その恩恵は国内の平等を犠牲にして得られたものだ。

ハーツ4は、企業が人件費を圧縮して輸出を拡大できるように、幅広い低賃金業種を生み出したのであり、「社会的市場経済」の社会的な部分を縮小し、格差を広げ、ドイツ経済をアメリカ化した。

ハーツ4は社会保障を縮小することにより、求職者に低賃金と劣悪な労働条件を受け入れることを余儀なくさせた。それは長期的な失業者に多大なプレッシャーを与えただけでなく、実質的な所得減を(特に低所得世帯に)もたらした。

その意味で、この改革はドイツ社会に階級を生み出す役割を果たした。

ドイツの産業は人件費を減らして競争力を高めることができたが、国内には地位が不安定で不当に安い賃金に甘んじなければならない労働者層が生まれた。その結果、ドイツは経済的な格差と社会的な格差によって分断されるようになったと、ブターベッゲは結論付ける。

故に『引き裂かれた共和国』というわけだ。ブターベッゲによれば、ドイツはもはや冷戦時代のように、イデオロギーによって東西に分断されてはいないかもしれないが、格差によって引き裂かれつつある。

格差の問題は、ダニエル・ゴファルトの著書『中間層の終焉』の大きなテーマでもある。だが題名が示すように、本書が主眼を置くのはドイツの「サクセスストーリー」の骨格だった中間層の崩壊だ。

ジャーナリストのゴファルトに言わせると、戦後初期のドイツの階層構造はタマネギ形、すなわち所得分布の上下両端が細く、分厚い中間部に大部分の世帯が位置していた。問題はタマネギが洋ナシに変化したこと。今では最上部が細く、底辺部が膨らんだ形になっている。

ゴファルトが描き出すのは、もはやおなじみの物語だ。

利己的なエリート層のせいで、中間層は恵まれなくなる一方。企業経営幹部の収入は30年前の10倍に上るが、年収中央値に変化はほぼ見られない。以前なら、平均的世帯は1人分の稼ぎで豊かな生活ができたのに、主要都市では今や、共稼ぎでなければ2寝室のアパートメントにも手が届かない。

原因は何か。ゴファルトによれば、人口統計とデジタル化が2つの主な要因だ。加えて、誤った政策が悪影響に拍車を掛けているという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三菱UFJFG社長に半沢氏が昇格、銀行頭取は大沢氏

ビジネス

午後3時のドルは154円後半、米雇用統計控え上値重

ワールド

インド総合PMI、12月は58.9に低下 10カ月

ビジネス

プライベートクレジット、来年デフォルト増加の恐れ=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 8
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中