最新記事

ドイツ

「模範的な優等生国家」は幻想、ドイツで格差が拡大したのはなぜか

ALL EYES ON GERMANY

2020年11月12日(木)07時00分
ヘルムート・アンハイア(独ヘルティ・スクール・オブ・ガバナンス教授)

magSR20201111alleyesongermany-2.jpg

欧州で期待されるリーダーシップを発揮できず、国内ではデジタル化や右派政党の台頭が頭痛のタネに(フランクフルトの通勤風景) KAI PFAFFENBACH-REUTERS

ヘルマンによれば、エアハルトは組合や社会保障給付に公然と嫌悪感を示した人物であり、ドイツ市場経済の「社会的」側面とは無関係だ。むしろ、社会的市場経済という概念を生み出したのは、エアハルトの前任者で、西ドイツの初代首相であるコンラート・アデナウアーだと、ヘルマンは言う。

敬虔なカトリックだったアデナウアーは、信仰心から大衆に社会保障を提供することに尽力した。もちろん西ドイツがソ連の影響を回避し、アメリカ主導の西側同盟に統合されるためには、社会の安定が必要だという考えもあった。

それなのに、「戦後ドイツの奇跡」という神話は、あたかも現実のように見なされるようになったと、ヘルマンは嘆く。

エアハルトが首相だったのは半世紀以上前だが、そのレガシーを厳しく調査して、偽りを明らかにするべきだ、とヘルマンは主張する。さもないと、ドイツはとうの昔に是正されるべきだった経済政策の過ちを、今後も繰り返し犯すことになるというのだ。

例えば、ドイツの経済危機への対応方法は、60年代から基本的に変わっていない。ドイツ連邦銀行(中央銀行)はもっぱらインフレ退治に注力し、政府は景気対策においてさえも社会保障に財政規律を求め、経済政策は内需喚起を犠牲にして輸出産業の支援に力を入れる。

ヘルマンに言わせれば、こうした政策は暗にドイツのナショナリスト的な考え方を反映するものであり、ドイツ経済の成功はEUとユーロ圏の一員であるからだという基本的な事実を無視している。

ドイツは、自らがたどってきた(そして現在たどっている)道のりを神話のように見なす態度を改める必要があると、ヘルマンは結論付けている。

アメリカ化するドイツ経済

ドイツはEUとユーロ圏の一員であるおかげで、自国の問題を「輸出」することで国内経済と社会の圧力を(少なくとも一時的に)緩和することができた。労働市場の現代化を図るために始まった一連の「ハーツ改革」がいい例だ。

とりわけ2005年に始まった第4弾、いわゆる「ハーツ4」に対する批判は、クリストフ・ブターベッゲの著書『引き裂かれた共和国』の中核を成す。

政治学者で、現在ケルン大学の名誉教授であるブターベッゲは、ハーツ4が始まった年にSPDを離脱し、2017年には左派党の候補として連邦大統領選に出馬し、敗北した。彼によると、ハーツ4は1950年代以降のどんな政策よりもドイツの経済と社会に深遠かつ広範な影響を与えた。

【関連記事】
ドイツは日本の「戦友」か「戦争反省の見本」か ドイツ人はどう見ている?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中