最新記事

北欧

保守思想が力を増すスウェーデン──試練の中のスウェーデン(中)

2020年7月10日(金)11時25分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

金融危機で最も煽りを受けたのが、働き盛りの若者たちであった。ただでさえ高失業率で苦しむ中で、多くの移民/難民が移住してくるとなると、労働市場の中で競合するのではないかという懸念が広まることとなった。また一方で、高齢者層にとってもこれまで積み立ててきた高福祉が移民/難民への支援で切り崩されるのではないかという不安も広まることとなる。

そこでスウェーデン民主党が全面的に押し出したのが「福祉ショーヴィニズム」であった。当時のスウェーデン民主党が掲げたフレーズを見てみると、「スウェーデン人ファースト!」「多文化のスウェーデン? NO!」「侵略を止めろ! 移民が自国に帰るのを手伝おう!」「スウェーデンをスウェーデンとして保て!」などの文言が現れる。侵略を止めろというフレーズについては戦前の「難民侵略」という言葉を彷彿とさせるが、最後の「スウェーデンをスウェーデンとして保て!」というフレーズは、スウェーデン民主党の中核となった極右組織の名称で、スウェーデン民主党の理念が最も顕著に現れているフレーズである。このようにスウェーデン民主党は、移民排斥と自国民優先を全面的に押し出し、地道に支持を伸ばしていった。そして注目すべきは、スウェーデン民主党は結党以来、一度もその得票数/得票率を落としたことがないということである。

asteion92_20200710shimizu-chart2.png

「アステイオン」92号82ページより

スウェーデン民主党の党内改革と支持の広がり

結党年の一九八八年にはわずか一一一八票だったスウェーデン民主党の得票率は、一九九四年には一万三五九四票、一九九八年には一万九六二四票と伸び続け、二〇〇二年には七万六三〇〇票を獲得するに至った。特に大きく伸びたのは二〇〇六年以降で、一気に一六万票超と倍以上となり、二〇一八年の議会選挙では一一三万五六二七票と一〇〇万票を超えた(表2)。

このような党勢拡大には、スウェーデン民主党の党内改革が大きく作用している。二〇〇五年に現党首であるインミ・オーケソンが党大会において二五歳で党首に選出された。オーケソンはルンド大学法学部で学び、同党の青年部長として活動していた経歴を持つ。党首に選出されると、オーケソンは党執行部の刷新と世代交代を図り、また同党につきまとっていたネオナチのイメージを払拭するためにネオナチ組織に所属していた過去のある党員を除名した。さらに党の基本綱領も大きく改訂した。そのスローガンが「安心と伝統」であった。

この「安心」と「伝統」という二つの政策領域は、それぞれ社会民主主義と国民保守主義を指し、スウェーデン民主党の基本綱領はこれを並べることでこれらのイデオロギーの融合を図っている。「安心」の領域の中心に据えられたのが、さきに取り上げたハーンソンの「国民の家」であった。オーケソンが二〇一八年に著した『現代の国民の家』でも、ハーンソンの「国民の家」をスウェーデン民主党流にアレンジした展望が示されている。

この「国民の家」を基に、「安心」、「調和」、「連帯」というキャッチフレーズが並ぶ。これらのキャッチフレーズは、社会民主党の主張と重なるものである。特に「連帯」は、社会民主党が労働運動で用いてきた標語そのままであることに注目せねばならない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 10
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中