最新記事

北欧

保守思想が力を増すスウェーデン──試練の中のスウェーデン(中)

2020年7月10日(金)11時25分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

2018年の選挙後に会見をするスウェーデン民主党党首インミ・オーケソン TT News Agency/Anders Wiklund/via REUTERS


<戦後、世界平和と人権尊重を掲げた「積極的外交政策」による移民/難民の受け入れに対して、「スウェーデン・アイデンティティ」への脅威を訴える極右政党が地道に支持を得ていく。論壇誌「アステイオン」92号は「世界を覆うまだら状の秩序」特集。同特集の論考「変わりゆく世界秩序のメルクマール――試練の中のスウェーデン」を3回に分けて全文転載する>

※第1回:スウェーデンはユートピアなのか?──試練の中のスウェーデン(上)より続く。

スウェーデンは戦後、労働力不足を補うために多くの外国人労働者を招致し、さらに移民/難民も多く受け入れるに至った。外国人労働者の招致はオイルショックで停止したが、それ以降はレバノン内戦、イラン・イラク戦争などによってヨーロッパ域外からの難民が急増していった。スウェーデンが難民の受け入れに注力したのには理由がある。それはアルジェリア独立戦争(一九五四-一九六二)にまで遡る。

アルジェリア独立戦争勃発当時、スウェーデンはこれをフランスの内政問題として傍観したが、スウェーデンへ移住したアルジェリア人学生のロビー活動などによって現地での人権状況の悪化が伝えられるようになると、スウェーデンは人権問題に大きな関心を抱くようになった。そして、一九五九年の国連総会では西側諸国の中で唯一、アルジェリアの独立に賛成票を投じ、明確に脱植民地化を推し進めていった。この転換によって、スウェーデンでは脱植民地化、軍縮、世界平和と人権尊重を掲げた「積極的外交政策」が徐々に形成され、抑圧されている人々に手を差し伸べるというその積極的外交政策の一環として、スウェーデンは移民/難民を受け入れ続けている。

この積極的外交政策は、世界政治で華々しく活躍するオーロフ・パルメ首相の時代に大きく花開いたが、多種多様な人々がスウェーデンへと移住してくる変化はスウェーデンの「国際化」として喧伝された。これは、「国民の家」を世界規模で展開したものだと論じる研究者もいる。この外交政策は保守派からの批判も根強かったが、成果を収めて内外からも評価されるにつれ、やがて保守側にもこの理念が共有されていくことになった。状況に応じて制限を設けることはあっても、移民/難民を完全にシャットアウトしないのには、こうした歴史的な反省と政策理念があるためである。

しかしながら、こうした移民/難民の受け入れに反対する勢力もいた。それらの勢力を糾合して出来たのがスウェーデン民主党であった。時あたかも、冷戦が終焉したとはいえ、ユーゴスラヴィア紛争やルワンダ、ソマリア内戦などの「新しい戦争」と呼ばれるエスニシティをめぐる紛争によってかつてないほど大量の難民がスウェーデンへと流入した時期でもあった。しかもスウェーデンは、金融バブルの崩壊によって一九九〇年代前半は未曾有の大不況に襲われており、全失業率が一四%に迫るほどであった。そのような大不況下で、一九九二年には当時としては歴代最高数であった八万人を超える難民が押し寄せた。

【関連記事】すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ

【話題の記事】
スウェーデンの悪夢はパンデミック以前から始まっていた
スウェーデンが「集団免疫戦略」を後悔? 感染率、死亡率で世界最悪レベル

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国人宇宙飛行士、地球に無事帰還 宇宙ごみ衝突で遅

ビジネス

英金融市場がトリプル安、所得税率引き上げ断念との報

ワールド

ロシア黒海の主要港にウの無人機攻撃、石油輸出停止

ワールド

ウクライナ、国産長距離ミサイルでロシア領内攻撃 成
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 10
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中