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感染症対策

新型コロナ「院内感染」の重い代償 医療の最前線で続く苦闘と挑戦

2020年7月1日(水)20時51分

診療再開に残る課題

院内感染の発生から1カ月半余り、市当局から感染防止策の徹底が認められた同病院は、6月8日に院内感染の終息を宣言するとともに、制限していた外来・入院診療を慎重に再開した。

救急救命センターのナースステーションでは、除菌アルコールでデスクやPC、椅子を定期的に消毒しているスタッフの姿もある。「僕らは手洗いを励行していた。ただ、例えば他の人が触ったキーボードやマウスを触った手で、つい顔を触ってしまうなど、甘かったところは反省すべきだと思う」と桝井医師は自らを戒める。

桝井医師はいま、災害対策本部の本部長代理として、感染再発防止の陣頭指揮をとる。胸ポケットでひっきりなしに鳴り続けるPHSに応対しながら、「モンベル」のトレッキングパンツとスニーカーで院内を走り回る。関西なまりの柔らかな語り口が、医療スタッフの緊張を和らげることも少なくない。

しかし、院内の診療が再開されたとはいえ、医療スタッフの不安が消えたわけではない。

再開直前に開いた災害対策本部の確認会議。医師、看護師、検査技師など、出席した様々な部門の担当者から、「行動変容がないと再発は防げないというが、その伝達は十分できているのか」、「外来応対のルールは細かすぎる。実行できないのではないか」などの指摘や改善意見が相次いだ。

「毎日のように苦渋の決断を迫られる。実際に目の前で患者の心拍が止まり、僕らがすぐに対応すれば絶対に助けられるという時も、ひょっとしたらコロナかもしれないということで、完全な防御をして入らなければいけない。僕らが教育されてきた(救命救急医療の)内容とは全く異なる対応が求められる」と、桝井医師はコロナ治療の難しさを語る。

「頭で知っていることと現実にできることの開きがあまりにも大きい。自分はなぜ何もできないのか、と一時期は相当に落ち込んだ」

院内感染は同病院の経営にも後遺症を残している。佐野副院長によると、コロナ問題が起きる前には1カ月に一般外来や他の病院からの紹介を受けた患者の数は1日900人ほどあったが、5月は売り上げが半分程度に落ち込んだ。入院も450ある病床を現在は60床まで減らしているため、収益が大幅に減少、「全く経営が成り立たない」(副院長)という。

失敗を次に生かす

桝井医師は、あと数年でこの病院を去ると決めている。コロナの感染が拡大する前から、後進に道を譲りたいと考えていたからだ。息子も医師という父と同じ道を歩み始めた。

現場の責任者として院内感染が起きたことについて「僕はここの全責任を負う立場、それは当たり前です」と同医師から率直な言葉が返ってきた。「こんなことは2度と経験したくない。一方で、災害への対応として、こういう問題の発生は実際に経験しなければ分からなかった」と言う。

「僕らの失敗を次に生かすために、何をして、何が困ったことだったのか、何が大切だったのか、ということをいろいろな形で発信していく立場にあるんだろうと思っている」

宮崎亜巳 斎藤真理(編集:北松克朗)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

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