アメリカが接触追跡アプリの導入に足踏みする理由
PRIVACY VS. PUBLIC HEALTH
グーグル=アップルの提案するシステムも、圏内に入ったスマホを検知して識別番号を交換するためにブルートゥースを常時オンにしておく必要がある。「ブルートゥースを使う接触追跡システムには、プライバシー漏洩のリスクが常に存在する」と指摘するのは、個人情報保護団体「エレクトロニック・プライバシー情報センター」のアラン・バトラーだ。ちなみにイギリスはこの点を考慮して、収集データを個人のスマホではなくNHSのサーバーで一元管理している。
匿名性の確保も難しい。グーグル=アップル連合は、スマホ所有者が特定されないように識別番号を15分ごとに変えるとしているが、あいにくデジタル・セキュリティー対策に「絶対安全」はない。その気になれば、匿名でSNSに投稿したコメントの解析を通じて個人を特定することも可能なのだ。
どんなに手を尽くしても、接触追跡アプリ利用者のプライバシーを完全に保護することはできない。バトラーによれば、「ハッカーがアプリのプログラムを解析して感染者を特定する方法はいくらでもある」。
だから利用者のリスクは大きい。感染者や接触者が特定されれば、個人の仕事や人間関係に影響し、風評被害もあり得る。「公安警察や諜報機関、悪意ある外国の勢力にも、個人の行動追跡データを欲しがる理由が十分にある」と言うのはアメリカン大学のダスカルだ。
古くなったデータを定期的に消去し、パンデミック(世界的大流行)が終息した時点でシステムを無効化すれば情報の悪用は防げるという議論もある。しかし油断は禁物。あの9.11同時多発テロ後に「一時的」な措置として導入された国民監視メカニズムは、19年後の今も使われている。
確実に感染拡大の防止に役立つと分かれば、アメリカ人もリスクを承知で接触追跡システムを受け入れるかもしれない。しかし、仮に十分な数の国民が納得したとして、そして正直に感染の事実を申告し、通知を受けた人も自主隔離の勧告に従うとして、それでもシステム側に誤作動や誤通知が生じる恐れはある。そうなればシステムは信用を失うだろうと、ワシントン大学法科大学院のライアン・ケイロー准教授は言う。「それでは逆効果だ」
拡大が収まってからが出番
壁やガラスを隔てていれば、ウイルスに触れる恐れはない。しかしブルートゥースの電波は壁もガラスも突き抜ける。だから、本来は感染リスクのない人にまで自主隔離の警告を送ってしまう可能性がある。逆に、深刻な濃厚接触をキャッチできない可能性もある。感染者がスマホを持たずに出歩いていたら、誰と接触しても分からない。「通知が来なければ安心と思い込む人もいるだろう。かえって危険だ」。この件で議会でも証言したケイローはそう語った。