最新記事

コロナ時代の個人情報

アメリカが接触追跡アプリの導入に足踏みする理由

PRIVACY VS. PUBLIC HEALTH

2020年6月22日(月)06時45分
デービッド・H・フリードマン(ジャーナリスト)

ケイローによれば、システムが第三者に悪用される恐れもある。有権者を投票に行かせたくない政治家や社会を混乱させたい悪質なやからが数十人に虚偽の感染報告をさせれば、そこから誤った自主隔離勧告が大量に発信されてしまうだろう。

韓国などの国は、こうした問題を防ぐために位置情報や診療記録、監視カメラの画像も収集している。データが多ければ接触警報の必要性を判断するのに役立つし、感染報告の精度も上がるが、プライバシーは多分に侵害されるから、アメリカ人には受け入れ難いだろう。

そして、これらのハードルを全てクリアしても格差の問題が残る。スマホを持たない人(アメリカ人の約20%)は蚊帳の外だ。

その大半は移民などの少数民族や貧困層で、彼らの暮らす地域は概して感染症が広がりやすいが、当局に対する不信感が強くて情報を出したがらない。警察に情報が漏れるのを恐れるからだ。たとえスマホを持たせても、仕事を休めば家族が路頭に迷うから自主隔離には応じない人が多いだろう。

「スマホを使う接触追跡システムにとって、この人たちは存在しないに等しい」と言うのはライス大学メディカルフューチャー研究所のカーステン・オシュテル所長だ。

このように、スマホを使った接触追跡には問題が多い。だが、ないよりはマシだ。いま提案されているなかで最も効果の期待しにくいシステムでさえ、数十万単位の人に自主隔離を促し、接触者に検査を受けさせ、感染率を下げる役には立つはずだ。

最大の懸念は当局と国民がアプリを過信し、これまでの封じ込め戦略をないがしろにすることだ。今までどおり、人との接触を減らす工夫を続けるべきだし、速やかに検査できる体制を拡充し、国民には密集を避け、必要なら自主隔離をするよう促し、場合によっては強制する。そのほうがずっと効果的だ。

こうした対策を全て実行して初めて感染率を制御可能なレベルまで下げる希望は見えてくると、アメリカン大学のダスカルは言う。接触追跡アプリの出番はそれからだ。「感染が落ち着いてからならば、スマホによる接触追跡も役に立つ。どこかで発生した感染の拡大を防げるかもしれない」

あいにく、「感染が落ち着く」日がいつになるかは見通せないが。

<2020年6月23日号「コロナ時代の個人情報」特集より>

【話題の記事】
木に吊るされた黒人男性の遺体、4件目──苦しい自殺説
韓国、日本製品不買運動はどこへ? ニンテンドー「あつまれ どうぶつの森」大ヒットが示すご都合主義
「集団免疫」作戦のスウェーデンに異変、死亡率がアメリカや中国の2倍超に
定年後、人気講師となり海外居住 可能にしたのは「包丁研ぎ」ノウハウだった

20200623issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月23日号(6月16日発売)は「コロナ時代の個人情報」特集。各国で採用が進む「スマホで接触追跡・感染監視」システムの是非。第2波を防ぐため、プライバシーは諦めるべきなのか。コロナ危機はまだ終わっていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏10月銀行融資、企業向けは伸び横ばい 家計

ビジネス

成長型経済へ、26年度は物価上昇を適切に反映した予

ビジネス

次年度国債発行、30年債の優先減額求める声=財務省

ビジネス

韓国ネイバー傘下企業、国内最大の仮想通貨取引所を買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中