最新記事

コロナ時代の個人情報

アメリカが接触追跡アプリの導入に足踏みする理由

PRIVACY VS. PUBLIC HEALTH

2020年6月22日(月)06時45分
デービッド・H・フリードマン(ジャーナリスト)

magSR200619_3.jpg

自治体によっては希望者全員を無償で検査 MADDIE MEYER/GETTY IMAGES

どんな接触追跡システムにも、個人情報を知られてしまう懸念が付きまとう。名前や位置情報だけではない、接触相手の名前や、自分の病歴(新型コロナウイルスに感染したことがあるか、発症したとすればどんな経過をたどったか、など)も特定される可能性がある。

グーグル=アップルの共同提案は、そうしたリスクを事前に排除している。最初から個人名や位置情報は記録せず、スマホ1台ごとに固有の識別番号を割り振り、しかもそれを15分ごとに更新する仕組みだ。これなら識別番号から個人を特定することはほぼ不可能だろう。アプリが収集するのは、いわゆる濃厚接触で感染の可能性が生じる圏内に入ってきたスマホの識別番号だけだ。

しかも、この機能を使うにはユーザー側でアプリをダウンロードする必要がある。自分が感染した場合にはその事実をアプリに入力し、許諾を与えた上で、直近の数日間に記録された接触相手の識別番号を管理者(たいていは地域の保健所など)に送信することになる。これでようやく、管理者が当該スマホに「感染の恐れあり」の通知を出し、しかるべき対応を促すことになる。

こうしたアプリを誰が提供し、運用するかは国によって異なる。医療を国営化しているイギリスなら、国民保健サービス(NHS)がアプリの選定から運用までの全てを仕切ることになる。

しかしアメリカにはNHSに相当する組織がない。連邦レベルで感染症対策を統括するのはCDC(疾病対策センター)だが、具体的な指示を自治体に出す権限はない。「アメリカには今も昔も、この種のタスクを扱える国家レベルの公衆衛生インフラがない」と言うのは、医療情報テクノロジーの問題に詳しい弁護士のジョン・クリスチャンセンだ。「州レベルの公衆衛生機関も力不足で、結局は自治体ごとの公衆衛生インフラに頼るしかない」

そうであればアプリの選定も運用も各地の市や郡当局に任せるしかないが、果たしてそれで個人情報の秘密を守れるだろうか。グーグルやアップルのような巨大テクノロジー企業に運用を委託する手もあるが、そんなことを今のアメリカ人が受け入れるとは思えない。

クリスチャンセンに言わせると、州境を越えて自由に行き来する人の行動を追跡するのであれば、最も適しているのは州レベルの公衆衛生機関の連合体だ。現に一部の州は診療履歴の共有や請求システムの一本化を実現している。ただし全米規模の連合体を迅速に形成し、住民の大多数を対象とする有効な接触追跡システムを速やかに稼働できるかどうかは大いに疑問だ。

課題はハッキングのリスク

いま各国で使われている接触追跡システムの大半は、情報漏洩で個人が特定される事態を防ぐために一定の工夫を加えている。個人名の消去や、一部のデータを判読不能にするなどの措置だ。

グーグル=アップルの共同提案はもっと徹底していて、最初から個人情報を収集しないし、集めた情報はユーザーのスマホ内に保存する仕組みになっている。

しかしスマホは、もともとハッキングされやすい。現に商業施設などを訪れて近距離通信のブルートゥースや無料Wi-Fiを利用した人の情報は多くの事業者が勝手に収集し、そのデータを広告配信の精度向上などに活用している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 6
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 7
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 10
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中