最新記事

コロナ時代の個人情報

アメリカが接触追跡アプリの導入に足踏みする理由

PRIVACY VS. PUBLIC HEALTH

2020年6月22日(月)06時45分
デービッド・H・フリードマン(ジャーナリスト)

magSR200619_2.jpg

個人の自由を訴えるデモ CAROLYN COLE-LOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

そこへスマホのメーカー側から、接触追跡機能を無償で提供するという話が出てきた。結構な話、に聞こえるだろう。経済活動の再開後には症状の有無にかかわらず、ウイルスの保有者(感染者)と接触した人を迅速に特定し、自主的な隔離を促すシステムが必要だ。人手でそれをやるのは大変だが、幸いにしてスマホには莫大な個人情報が蓄積されている。しかも、その有効性は既に韓国などで実証されている。

アメリカ人に強制は不可能

ただし、少なくともアメリカでは事情が異なる。なにしろアメリカ人は、たとえ自分の生死に関わるような問題でも政府の介入に抵抗する傾向がある。今回のような接触追跡でも、これが動かし難い壁となる。

「感染がこれだけ急速に拡大しているなかで、個人のプライバシーの権利を尊重しようとすれば政府が国民の健康を守る能力は限定される」と指摘するのは、米コロラド大学デンバー校医学部のエリック・キャンベル教授(医療政策、生命倫理)だ。

技術の問題ではない。グーグルとアップルの共同提案を含め、現在の自動化された接触追跡システムは全て、プライバシー擁護派の求める条件を満たしている。むしろ問題なのは、プライバシー保護という要件ゆえに感染拡大の予防に必要な情報の収集が妨げられてしまう事実だ。いまアメリカで検討されている程度の追跡システムでは、状況を大きく変えるほどの効果は期待できない。

個人の権利を何よりも優先するアメリカのような国で、個人の行動履歴を追跡するシステムが有効に機能するとは思えない。いくらルールを決めても、守らない人はたくさんいるだろう。

そもそもトランプ政権は、そんなルールに従えと要求しないだろう。州レベルでも、それを強制する動きはない。マスク着用の義務化にさえ庶民の怒りが爆発する国だ。5月1日にはミシガン州で、州知事令に基づくマスクの着用を求めた店の警備員が、客に射殺されている。

こういう国では、スマホの接触追跡機能を使うかどうかも個人の自由になる。オフにしておく人もいるだろうし、感染の事実を告知しない人もいるだろう。告知を強制することも、もちろん不可能だ。

これがヨーロッパだと、そんな問題は起きない。英オックスフォード大学の調査でも、イギリスやドイツ、イタリア、フランスなどでは68〜86%の人が接触追跡アプリを歓迎すると回答していた。一方で米ピュー・リサーチセンターの調査では、アメリカではスマホによる接触追跡を容認する人は45%にすぎなかった。

アメリカン大学法科大学院のジェニファー・ダスカルに言わせると、システムの「実効性を担保するには少なくとも人口の60%以上の利用が必要」だが、「うたぐり深いアメリカ人を説得して、そこまで持っていくのは難しい」。ユーザーにとっての直接的な利益がない(せいぜい再び隔離生活に戻るよう指示されるだけ)のも難点だ。

【関連記事】「接触追跡アプリが第2波を防ぐには不可欠」ジョンズ・ホプキンズ大専門家インタビュー

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

AI投資ブームは「危険な」段階、ブリッジウォーター

ビジネス

韓国の高麗亜鉛、米で74億ドルの製錬所建設へ トラ

ワールド

トランプ氏がBBC提訴、議会襲撃前の演説編集巡り巨

ワールド

政府・日銀、景気認識に「齟齬はない」=片山財務相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中