最新記事

中国

新型コロナウイルス感染爆発で顕在化 「習近平vs.中国人」の危うい構造

2020年4月5日(日)16時00分
宮崎紀秀(ジャーナリスト) *東洋経済オンラインからの転載

「訓戒」ではなく「対策」を採っていたら

李医師に発熱の症状が出たのは、後に新型肺炎で死亡する患者を診た10日後だった。李医師は、それから1カ月を待たず死亡する。

李医師がグループチャットに感染症の発生情報を流し、注意を促したのは12月30日。その患者を診たのは1週間後の1月6日である。もし病院や行政当局が、李医師の発信に対し「訓戒」ではなく「対策」を採っていたら、34歳の若者の命は失われずにすんだかもしれない。同医院では、5人の医療関係者が死亡している。

李医師の同僚の女医、艾芬(アイ・フェン)医師も原因不明の肺炎の発生を知りながら、上司や警察の圧力を受け、結局口をつぐんでしまった1人だ。彼女は中国メディアのインタビューに、もし発信し続けていれば「このような多くの悲劇は起きなかった」と悔やみ、当時の経緯をつまびらかにした。その記事は、発表直後、ネット上から削除された。

対策の成果をアピールする一方で事実を隠蔽

3月10日、習近平国家主席は感染拡大以来、武漢を初めて視察した。感染を封じ込めつつあるとして、防疫対策の成果をアピールする意味があった。国営メディアが大々的に報じる中で、習主席は、医療従事者を「希望の使者であり、真の英雄」などとたたえた。

先の艾芬医師のインタビュー記事が発表されたのは、この習主席の武漢訪問と同じ日だった。武漢の最前線で働く医師として紹介された。しかし、記事の原文とそれを転載したSNSの書き込みなどは、わずか3時間程でネット上から削除された。

なぜなのか。記事が、以下のような事実を明らかにしたからである。

艾芬医師は、武漢市中心医院の救急科主任。去年12月30日の段階で、感染症の発生に気づき、グループチャットで同僚らに警告した。李文亮医師が仲間に転送したのは、実は同僚の艾芬医師が発したこの情報だった。

このために艾芬医師は、上司からは専門家がデマを流したと叱責され、「これまで経験したことのないような厳しい訓戒処分」を受けたという。インタビューからは、彼女がとても落ち込んだ様子が伝わる。さらに、武漢市の衛生委員会の通知として、情報を口外しないよう口止めされた。

「原因不明の肺炎について、勝手に外部に公表して、大衆にパニックを引き起こさないように。もし情報漏洩によってパニックが起きたら、責任を問う」

家族にも真実を言えなかった。夫や子どもに対し、人の多い所には行かないよう、外出するときはマスクをして、と注意するのが精一杯だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相

ワールド

中国、台湾への干渉・日本の軍国主義台頭を容認せず=

ワールド

EXCLUSIVE-米国、ベネズエラへの新たな作戦

ワールド

ウクライナ和平案、西側首脳が修正要求 トランプ氏は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 7
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 8
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中