新型コロナ感染SOSを発した空母艦長を解任──生命より規則を優先する米軍
空母セオドア・ルーズベルトは現在、グアムに寄港中 NGUYEN HUY KHAM-REUTERS
<空母セオドア・ルーズベルトを下船するクロージャー艦長に何百人もの乗組員は拍手喝采。米軍が守ったのは、現場の隊員ではなく「秘密主義」のほうだった>
米原子力空母セオドア・ルーズベルトの乗組員がフェイスブックに投稿した動画は、同艦のブレット・クロージャー艦長の解任について軍高官と現場の隊員たちの認識の違いをあらわにした。
動画には、何百人もの乗組員が甲板を埋めて、艦長の職を解かれて下船するクロージャーに盛大な拍手を送ったり、歓声を浴びせたりする様子が映っている。「これこそ部下思いの史上屈指の偉大な艦長を見送るのにふさわしい方法だ」と、動画のナレーションは述べている。
米海軍がクロージャーを解任した建前上の理由は、艦内での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に注意を喚起し、対策を求める書簡を広範囲に送付するという「極めて稚拙な判断」をしたことだ。
「それにより、同艦がいざというときに出動可能なのか疑念が生まれてしまった」と、トーマス・モドリー海軍長官代行は述べている。「隊員の家族の間で隊員の健康に対する不安が高まった」
書簡の内容は、サンフランシスコ・クロニクル紙に掲載された。それによると、クロージャーは4800人の乗組員を守るための隔離と治療を主張。そうした措置を行わなければ、艦内で新型コロナウイルス感染が急速に拡大すると警告した。
部下の健康と安全についての不安を公にしたクロージャーが解任された背景に、政府上層部からの政治的な圧力が働いたとしても不思議でない。しかし、今回の出来事は、厳格な規律と秩序を重要視する軍特有のルールを浮き彫りにするものでもある。
軍とはそのような組織なのだ。実際、規則違反を理由に司令官の職を解かれた上級将校は、今年に入ってから既に10人に上る。
国防総省上層部はこの2週間ほど、米軍内の新型コロナウイルス感染状況について新しい詳細情報を公表しない方針を徹底していた。隊員の家族から幹部まで誰もが沈黙を命じられていた。新型コロナウイルスが米軍内で広がっているのに、米軍から出てくる情報量は大幅に減っている。
書簡の中でクロージャーは、いま部下の安全を優先させるべき理由として「現在は戦争中ではない」ことを挙げた。しかし皮肉な話だが、戦争中ではないからこそ艦長を解任されたのだ。平時の軍は、厳格な上下関係と指揮命令系統を守り通そうとする。
内部の問題を組織外に公表したクロージャーの行動は、軍隊においては「大罪」にほかならない。軍はそのような行為を決して許さない。戦時に備え、平時に規則と指揮命令系統の重要性を肝に銘じさせるためだ。