最新記事

環境

経済成長を諦めなくても温暖化対策は進められる

Growth Can Be Green

2020年4月25日(土)17時45分
アンドリュー・マカフィー(マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院首席研究員)

2つ目の環境汚染は、経済学で言うところの典型的な「負の外部性」だ。この用語は、誰かの経済活動が無関係な他者に悪影響を及ぼすことを指す。例えば工場排水が川を汚せば、下流に住む人々は(その工場の製品と無関係でも)被害をこうむる。

市場の競争原理は善だが、こうした負の外部性には知らぬ顔で、むしろその原因となりやすい。そこで、政府がかつてフロンガスを規制したように汚染物質の排出量に上限を設けたり、課金するような介入が必要となる。後者の理屈は簡単だ。汚染物質の排出が高くつけば、企業は経費削減のために排出削減の知恵を絞る。アメリカを含む先進諸国が採用する排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード方式)は、環境汚染の権利に課金することでそれを減らそうとする仕組みだ。

この仕組みは成功した。米スミソニアン誌によれば、排出量取引は「汚染者側に、なるべく費用をかけずに排出を削減する方法を工夫させる。その結果、排出量を減らすために電力会社が負担する年間コストは(当初の想定の)250億ドルより格段に低い30億ドルに抑えられ、さらに死者や病人が減り、湖や森林の汚染が改善されたことなどから、年間1220億ドルの利益が生まれている」

先進諸国ではこうした取り組みが絶大な効果を上げた。人口が増え、経済が成長しても汚染は減った。現在アメリカの経済規模は70年の2.5倍以上だが、大気中の二酸化硫黄濃度は90%以上も減り、その他の汚染も劇的に改善された。

maggreen03.jpg

中国は汚染対策として太陽光発電にも力を入れる KEVIN FRAYER/GETTY IMAGES

中国は環境汚染に宣戦布告

半世紀前、公害は必要悪とされていた。70年にはアメリカのある市長が「町を豊かにしたいなら悪臭ぐらい我慢しろ」と言い放ったほどだ。だが、それは真実でなかった。環境汚染を減らすために成長を諦める必要はない。賢い対策を講じ、実施すればいい。

しかし途上国はどうか。見通しはよくない。オックスフォード大学の研究員ハナ・リッチーと同大学マーティン・プログラム所長のマックス・ローザーの調査によれば、「大気汚染による死亡率が最も高いのはサハラ砂漠以南のアフリカと南アジア」だ。「工業化が進み、低所得国が中所得国へ浮上するにつれて大気汚染が進む傾向にある」という。

さもありなん。しかし経済学者サイモン・クズネッツによれば、途上国の公害は成長につれて悪化するが、ある時点を境に改善に転じる。貧困を脱し衣食住が足りてくれば、人はクリーンな環境を求める。そこで政府が適切な手を打てば、成長を維持しつつ汚染を減らせる。

この理論は環境クズネッツ曲線(EKC)と呼ばれ、いい例が最近の中国だ。2014年3月、李克強(リー・コーチアン)首相は全国人民代表大会で「われらは断固、環境汚染に宣戦を布告する」と演説した。政府は石炭火力発電所に二酸化炭素の排出削減を命じ、発電所の新設を中止して、家庭の石炭コンロを回収した。

努力は実った。経済学者のマイケル・グリーンストーンによれば、18年までに中国で微小粒子状物質(PM2.5)による大気汚染は30%以上減った。今後もこのペースでいけば国民の平均寿命は2.4年延びるという。「アメリカは70年から12年ほどかけて大気汚染を32%削減したが、中国は4年で同等の削減に成功した」とグリーンストーンは言う。

EKCの意味するところは、経済成長は公害を生むが、次の段階でそれを解決するということ。だから成長を諦めるのではなく、成長を世界中で促進すればいい。中国の例を見れば、途上国の汚染もピークを過ぎれば収まることが分かる。

環境汚染は局地的ではなく、グローバルな問題だ。世界の海にたまる大量のプラスチックごみは、主にアジアの貧しい国々を流れる河川から運ばれてくる。ごみの流入を止める確実な方法は、これらの国の人々を豊かにして環境意識を高めることだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ECB総裁が任期満了前に退任とFT報道、仏大統領在

ワールド

ウクライナ和平協議、2日目は2時間で終了 「困難な

ビジネス

英CPI、1月は前年比+3.0% 昨年3月以来の低

ワールド

エプスタイン文書、米エリートへの不信鮮明に=世論調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 2
    ポーランドが「核武装」に意欲、NATO諸国も米国の核の傘を信用できず
  • 3
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 4
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 7
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 8
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 9
    極超音速ミサイルが通常戦力化する世界では、グリー…
  • 10
    生き返ったワグネルの「影」、NATO内部に浸透か
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 8
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 9
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 10
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中