最新記事

日本に迫る医療崩壊

日本で医療崩壊は起きるのか? 欧米の事例とデータに基づき緊急提言

THE HEALTHCARE SYSTEM AT WAR

2020年4月21日(火)17時10分
國井修(グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕戦略投資効果局長)

magSR200421_kunii2.jpg

イタリアのICUの中で働く医療従事者 FLAVIO LO SCALZO-REUTERS

医療従事者の感染は医療サービスの供給能力を下げるだけでなく、自らが患者になることで病床や人工呼吸器を占有してしまう。なぜこれほど医療従事者が感染したのだろうか。

まず、感染者が集まる医療機関はホットスポット(感染流行地)になりやすい。感染者の咳やくしゃみで飛散したウイルスを含む微粒子は、密室内であれば空気中を浮遊し、3時間ほど感染力を保つという。ドアノブや手すりなどでも2~3日、サージカルマスクの表面では7日ほども感染力があるともいわれる。

感染者の中には別の訴えで医療機関の外来を訪れ、また転倒するなどして救急車で運ばれる人もいる。医療従事者は感染を疑わずに診療し、後で感染が判明することもある。

さらに、PCR検査は危険だ。綿棒を鼻から挿入して鼻咽頭にある粘液を回転させて検体を採取するが、それによって咳やくしゃみが止まらない人も多い。防護具もなく、手順が不適切ならば、採取者の感染リスクは高まる。

防護具があっても感染する恐れがある。アフリカでエボラ出血熱が流行したときにも見られたが、防護具を着用して汗をかき、それを拭ったり、目や鼻をかいたり、眼鏡やマスク、ゴーグルの位置を変えようとしたりするときにウイルスが目・鼻・口から侵入することもある。防護具の着脱の際に顔や体にウイルスを付けてしまうこともある。防護具が足りず、何度も汚染されたものを使っていれば、その可能性はさらに高まる。イタリア、スペインの例を見ると、医療従事者に対する感染防御のトレーニングも不十分だったようだ。

さらに、医療従事者の長時間労働や精神的ストレスは感染への免疫力を下げ、医療の質も下げる。中国・武漢の調査では、治療に当たった医療従事者の72%が過度のストレスを感じ、うち50%は抑鬱状態、45%は不安、34%は不眠を訴えたという。

日本が他国の対策から学べること

では日本はどうなのだろうか。医療崩壊は起こるのだろうか。

日本はこれまでよく持ちこたえてきたといわれる。プライバシーを無視した感染者追跡や自己隔離を守らなかった場合の懲役や罰金を科す韓国やシンガポール、移動や外出の禁止を「強制」する欧州の強硬策に比べて、日本は長らく国民の「自粛」に頼ってきた。

それでも欧米に比べると感染者も死亡者も少なかった。これを奇跡、またパラドックスと呼ぶ人もいたが、それも過去の話になりつつある。

3月24日の東京都の新規感染者数17人は、4月11日には197人と10倍以上に急増した。私の友人医師たちからも、「開業医が新型コロナに感染して休業に追い込まれた」「多くの感染者が救急外来に殺到するようになってパンク状態。心筋梗塞の急患も診られない」「院内感染が広がったのでやむを得ず病院の救急診療を停止した」などの悲鳴や嘆きが届くようになった。

日本集中治療医学会などが行った「COVID-19による重症呼吸不全ECMO治療状況」(4月12日集計)でもECMO治療患者は2週間で1.9倍に増えたと報告され、切迫した状況が分かる。

ではどうすればいいのか。他国の対策から学べることはあるだろうか。

まずは「ハコ」について。スペインでは、欧州で最大規模となる5500床の野戦病院(500床の集中治療室を含む)を、首都マドリード郊外の展示会場内にわずか18時間で設置したという 。さらに、軽症者の隔離や健康管理のためホテルを借り上げ、6万室を確保している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中