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新型肺炎 何を恐れるべきか

知っておきたい感染症との闘いの歴史──次のパンデミックを防ぐために

HOW TO STOP THE NEXT PANDEMIC

2020年3月5日(木)18時45分
アニー・スパロウ(米マウント・サイナイ医科大学助教)

18世紀のヨーロッパや南北アメリカでは都市化が進んで人口密度が高まり、ヒトだけが感染するウイルス性疾患の天然痘が流行した。感染者の3分の1が死亡し、助かっても顔などに後遺症が残った。

1796年にイギリス人医師のエドワード・ジェンナーが種痘法を開発。1800年代以降、集団の免疫力を高める新しい公衆衛生対策が提供された。

19世紀初頭には、伝染病という考えが広まった。死亡原因のトップは結核だったが、最も恐れられていたのはコレラだ。感染すると下痢や嘔吐に襲われ、数時間で命を落とす。コレラがヨーロッパに広がると、これを「アジアの病」と考えていた人々の間に衝撃が広がった。

コレラの蔓延によって、病気は汚物から感染するという理論が広まった。上下水道などを整備して汚物を除去し、病気を予防しようという考えは、死亡率の軽減にはつながったが、病気の原因そのものへの対処は後回しにされた。

コレラの3度目のパンデミックが発生すると、これを不衛生な環境と貧困による病気と考えたがった外国人嫌いの西洋人はヨーロッパで蔓延することを恐れた。そこで彼らはイスラム教徒に罪を着せる。

1851年の第1回国際衛生会議(ISC)で、フランスはメッカへの巡礼で盛んになった船旅を禁止しようとした。植民地の宗主国としての権限で、中東全域を封鎖することまで提言した。

公衆衛生の水準に関して社会の総意がまとまり始めたのは1892年のことだ。1869年にスエズ運河が開通して検疫の強化が必要となり、最初の国際衛生規則(ISR)が作られた。この規則は改定を重ね、各国政府に感染症などの拡大阻止を約束させる今日の国際保健規則(IHR)に発展する。

19世紀後半には、フランスの細菌学者ルイ・パスツールの特異病原体説が確立した。ドイツ人医師ロベルト・コッホによる結核菌とコレラ菌の発見、ハンガリー人医師イグナーツ・ゼンメルワイスによる消毒法と手洗い法の開発を受けてのことだ。

そこで熱帯医学という分野が生まれ、文化的・思想的覇権の道具に仕立てられた。それまでは植民地化を阻む障壁となってきた数々の病気がほぼ克服され、欧州列強は熱病の危険地域の中で安全な居場所を確保できるようになった。

ヨーロッパと北アメリカでは、都市部の暮らしを改革する衛生管理が進んだ。安全な水の供給、衛生設備、ごみ収集、下水処理、換気など、公衆衛生プログラムが実施された。

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