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感染症

MERSで浮き彫りになった情報統制のまずさ──韓国の例

SEOUL’S SECRECY

2020年2月6日(木)19時10分
ジョン・パワー

サムスンソウル病院などの名をネットメディアが暴露 AGENCE PHANIE/AFLO

<2015年にMERSが流行した韓国では、感染者のいる病院名が長らく公表されなかった。後手後手の対策で感染を拡大させた朴政権の挙動は、新型コロナウイルスが拡大する今日の中国に重なるところがある。当時の本誌掲載記事より>

MERS(中東呼吸器症候群)感染が拡大する韓国では、国による情報統制も問題視されている。国民は政府の対応のまずさを批判しているが、おそらく最も激しい怒りと不安を招いたのは、感染者の治療に当たっている病院名を公表しなかった点だろう。

最初の感染者が確認されてから約3週間も、政府はそうした病院名を非公表にしてきた。政府は公表を控えた理由の1つとして、感染を恐れた人々が当該の病院に行かなくなることにより、病院が経済的な損失を被ることを防ぎたかったとしている。

情報の空白を埋めたのは、市民の臆測だった。ネットユーザーらが感染病院リストをまとめてオンライン上に掲載。感染者のいない病院を間違って名指ししたとして、名誉毀損罪で警察から取り調べを受けた人もいる(韓国では、名誉毀損罪で7年以下の禁錮刑が適用される場合もある)。

韓国は、民主国家でありながら情報は厳しく統制されている。例えば、殺人やレイプで有罪判決を受けた犯罪者の名前は報道されず、ネットではポルノや北朝鮮を支持するような内容は厳しく検閲される。

多くのメディアはMERSに対する政府の対応を批判しながら、ほとんどが病院名の公表は自粛した。そんな横並びの体制から抜け出し、建陽大学病院やサムスンソウル病院など6病院の名前を挙げて報じたのは、ネットメディアの「プレシアン」だった。

今月初めに実施された世論調査(全国500人の成人を対象)では、回答者の83%が感染者の収容されている病院名の公表を希望していた。この調査から数日後、文亨杓(ムン・ヒョンピョ)保健福祉相はようやく、感染が拡大するきっかけとなった病院を1カ所だけ公表。ソウル近郊の平沢聖母病院で、同病院を訪れた人に保健当局へ名乗り出るよう呼び掛けるためだ。

従来の方針を変えて、すべての病院名を公表したのは、それからさらに2日後のことだった。高麗大学の朴景信(パク・キョンシン)教授(法学)は、政府は感染者の収容施設を1カ所にまとめることで、各病院の経営に損失をもたらすリスクを回避できたはずだと指摘する。「今回の一件は政府の頼りなさと、政府に対する国民の信頼の低さを表している。国民からの信頼が厚ければ、政府は1つの大病院を隔離施設に指定し、感染者全員を集めることもできた」

3週間も臆測が飛び交ったせいで風評被害に遭った病院にとっては、いまさら情報公開されても時すでに遅しだ。

From thediplomat.com

<2015年6月30日号掲載「MERS騒動と韓国の根深い病」より>

【参考記事】新型コロナウイルス感染爆発で露呈した中国政府の病い
【参考記事】新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?

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