最新記事

感染症

新型肺炎パンデミックの脅威、真の懸念は中国の秘密主義

Another Epidemic Brewing in China

2020年1月14日(火)19時30分
ローリー・ギャレット(米外交問題評議会・元シニアフェロー)

中国政府はこの悲劇を回避できたはずだが、秘密主義を維持し、事実を否定することを選んだ。彼らが中国国内のSARS流行を認めたのは、2003年4月のこと。パニックに陥った出稼ぎ労働者や学生が故郷に逃げ帰ったため、かえって中国全土に感染を広げてしまった。

ようやく感染拡大に歯止めがかかったのは、全人口がSARSに感染している恐れがあると見なして、無数の検温所を設置し、あらゆる人の体温を一日に何度も調べ、高熱の症状が見られる人を例外なく隔離してからだった。WHOは2003年7月5日に中国のSARSの終息宣言を出した。

その教訓は明白。すなわち「感染を隠すな」だ。

中国政府は情報公開を

WHO総会が2005年に採択した「国際保健規則」は、加盟国が国際的な緊急事態を引き起こす恐れのある感染例を把握した場合は、速やかにWHOに通知すること、さらにその科学的検証のために協力することを義務付けている。

中国はこの規則に同意しただけでなく、SARS流行時に香港で対策の陣頭指揮に当たった陳馮富珍(マーガレット・チャン)のWHO事務局長就任を支持した。

だが、今回の新型肺炎に関して、武漢市と中国政府がWHOに提供している情報はごくわずかだ。中国政府は国際保健規則を遵守するどころか、事実を公表した人物を逮捕して、情報を厳しく管理したがっているように見える。その戦略は、地元住民と中国当局の関係が極めて悪化している香港では、とりわけ危険な結果をもたらしかねない。

武漢を中心に広がる謎の病気は、ひょっとすると比較的良性で、感染者は全員無事に回復して、日常生活に戻れるかもしれない。ただ、現時点ではその可能性は低そうだ。

感染者の発見される地域が広がり、潜在的な病原体ウイルスに関する情報が増えるに従い、「武漢の海鮮市場で魚か野生動物に接触した人しか感染しない」という当局の説明は、ますます受け入れ難くなっている。そして感染拡大の懸念は高まっている。

莫大な数の人が中国内外を移動する春節を前に、その懸念は一段と現実味を増している。SARSも2003年のメイデーのときに大きく広がった。

感染症の流行を抑えるためには、専門家と市民両方の信頼が必要だ。そして信頼を得るためには、オープンな姿勢が必要だ。中国政府が肺炎の流行について信頼できる情報を提供して、世界の公衆衛生のために積極的な役割を果たす意思があることを示し、大衆の信頼を取り戻すことは、中国政府自身の利益になる。

「まだ何の病気なのかは分からない。現在調査中だから、待ってくれ」と言ってもいい。あるいは、「このウイルスがどのように広がったのかは、現在専門家のチームに調べさせている」と言ってもいい。

重要なのは、正直な情報交換を定期的に実践すること。そしてそれを春節が来る前に始めることだ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2020年1月21日号掲載>

【参考記事】中国で謎のウイルス性肺炎が流行、SARSでないなら何か?
【参考記事】パンデミックが世界を襲ったとき、文明再建の場所として最適な島国は?

20200121issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年1月21日号(1月15日発売)は「米イラン危機:戦争は起きるのか」特集。ソレイマニ司令官殺害で極限まで高まった米・イランの緊張。武力衝突に拡大する可能性はあるのか? 次の展開を読む。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は5日ぶり反落、米FOMC前の調整で 一時

ワールド

マクロスコープ:自民総裁選、問われる野党戦略 小泉

ビジネス

英CPI、8月は前年比+3.8% 予想と一致

ビジネス

午後3時のドルは146円半ばで上値重い、米FOMC
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中