最新記事

BOOKS

救急車を呼んでも来ない──医療崩壊の実態とそれを推進する「働き方改革」

2019年12月19日(木)17時05分
印南敦史(作家、書評家)

「すべての命は平等である」という考え方は当然であり、どのような医療関係者もそれを肯定するはずだ。しかし高齢化が著しく進み、救急車の出動件数にも歯止めがかからない現状においては、「平等な救急医療」を実現することは困難なのだという。


 市民病院としての歴史が長く、数多くの救急患者を診察してきた堺市立総合医療センター(大阪府)救命救急センター長の中田康城医師は「このままでは、現場が疲弊するのは間違いない」と警鐘を鳴らす。(中略)
「当院だけではありません。どの病院も救急搬送は増えています。救急現場は、受けても受けても、どんどん球が投げ込まれてくるような状況です。だから、球によっては受けることができなくなっている」(26〜27ページより)

また、生死を分ける救急医療では決して手抜きをすることはできない。したがって重症患者を数人抱えているとき、救急隊から患者受け入れ要請が来たとしたら、「当院ではすぐに対応できないので、別をあたっていただけますか」と断るしかない。

すると救急隊は、次の病院を選定して連絡する。しかしそこでも、その次の病院でも、同じように断られる可能性はあるだろう。その結果、複数の病院に受け入れを拒否され、患者が命を落とすこともある。いわゆる「たらいまわし」問題はこうして生まれるわけだ。

医師にかかる負担も深刻だ。重症患者の治療に専念できる医師がいないという状況になっているため、その時にいる医師で対応するしかないということになる。結果、「それでもいいですよ」と応じてくれる一部の医師に負担がかかるので、48時間勤務などというようなこともザラなのだそうだ。

各地の病院で救急医療の人手不足によって救急部門が閉鎖されたり、応需率の低下が相次げば、今後は患者を乗せたまま路上から出発できずにいる「救急車難民」が出る可能性がある。そして、そんな状況を推進するものは、皮肉なことに「働き方改革」なのだという。


 東京医科歯科大学(東京都)救命救急センター長の大友康裕医師は「患者さんは、現状の医療を受けられなくなりますよ」と指摘する。
「すでに純粋に救急を診る医師の数が減ってきて、受け入れ能力が落ちている病院があります。それでも現在は「患者を助けたい」という情熱のある医師が救急医療を支えている側面がありますが、政府が進める「働き方改革」の影響で、近い将来それも難しくなるでしょう」(40ページより)

働き方改革関連法による残業時間の罰則付き上限規制は、2019年4月から順次始まっている。医師は仕事の特殊性から5年間の猶予が認められているが、2024年度からは適用される予定なのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中