最新記事

ミャンマー

スーチーはハーグでロヒンギャ虐殺を否定し、ノーベル平和賞を裏切った

Suu Kyi Travels to The Hague to Deny Genocide

2019年12月12日(木)18時00分
ジョシュア・キーティング

法廷で軍部の残虐行為を擁護するスーチー(12月11日、国際司法裁判所で)  Yves Herman-REUTERS

<ハーグの法廷に出廷し、軍部によるジェノサイドを否定>

ノーベル平和賞は、受賞後の行いを保証しない。

今年この権威ある賞を授与されたのはエチオピアの若き「改革派」指導者アビー・アフメド首相だ。国内では今も民族対立が続き、民主化の実現には程遠い状況で、受賞は時期尚早との批判が渦巻く。それでもアビーは12月10日、ノルウェーの首都オスロで行われた授賞式に臨み、晴れがましい表情で栄誉を受けた。

ノルウェー・ノーベル委員会に平和への貢献を認められ、栄誉を与えられたからといって、政治指導者が強権支配やシニシズムに走らないとは限らない。それを見事に示したのは、1991年にこの賞を受けたミャンマーの事実上の指導者アウンサンスーチーの行動だ。彼女もまた今週ヨーロッパに飛んだ。ジェノサイド(集団虐殺)の罪で提訴された自国政府の代表としてオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)に出廷するためだ。

ミャンマーの民主化運動の旗手で、長年自宅軟禁されていたスーチーは、1990年代には人権と民主主義のシンボルとして国際社会に高く評価されていた。だが近年の行動は彼女を支持し尊敬していた人たちを驚かせている。イスラム教徒の少数民族ロヒンギャを1万人以上殺害し、数十万人を国外逃亡に追いやったジェノサイドは、ミャンマー軍指導部が主導した組織的犯罪であることを示す圧倒的な証拠がある。それにもかかわらずスーチーは、かつて自身の敵だった軍指導部と手を組むようになっているからだ。

スーチーは12月10日、ハーグの法廷で、ジェノサイドの目撃者が集団レイプや子供たちの虐殺、一家全員を生きたまま焼き殺すなどの残虐行為について証言を行う間、表情ひとつ変えずに聞いていた。そして翌11日証言に立ち、ジェノサイドという非難は「誤解を招く」ものだと主張した。ミャンマー西部のラカイン州で行われた軍事作戦は、ロヒンギャの武装集団が警察を襲撃したために始まった過激派掃討作戦だ、というのだ。

ミャンマーはあらゆるものを奪った

スーチーを支持してきた国際社会の一部は、軍部によるジェノサイドの疑いが強まっても、当初は彼女の言い分を善意に解釈していた。ミャンマーでは2016年に歴史的な政権交代が実現し、スーチー率いる国民民主連盟が政権を握ったが、その後も軍部が大きな影響力を持ち、スーチーはかつて自分を自宅軟禁下に置いた軍指導部と協調せざるを得なかった。軍部の残虐行為を声高に非難すれば政治的な命取りになりかねないので、きっと表に出ない形で虐殺を止めようとしているのに違いない──欧米のスーチー支持者はそう見ていた。

だが国際社会が見守るハーグの法廷で軍部の犯罪行為を積極的に弁明した以上、こうした見方は成り立たない。スーチーは、虐殺を止め、民主化を進める権力を維持するために軍部と協力したのではない。仏教徒が圧倒的多数を占める国内世論の支持を得るために、反ロヒンギャに回ったのだ。

「国際社会は今こそ目覚めなければならない。(ミャンマーの)政府と軍は協力関係にある」と、ロンドンに本拠を置く英国ビルマ・ロヒンギャ協会のトゥン・キン会長は言う。「政府はロヒンギャを人間扱いせず、軍部が進める意図的な迫害に加担した。市民権、民族的アイデンティティー、教育を受ける権利、食料を確保する権利に至るまで、ロヒンギャからあらゆるものを奪った」

ロヒンギャもまたスーチーの変節にショックを受けていると、トゥン・キンは話した。「私たちは長年、(民主化の)シンボルとして彼女を支持してきた。民主化が実現すれば、ロヒンギャも含め、国民全員に諸権利が保障されると信じていた。スーチーが軟禁状態から解放されるよう、私は長年運動してきた。残念ながら彼女は宗旨替えし、完全に軍部に取り込まれてしまった。信じがたい裏切りだ」

<参考記事>ロヒンギャを迫害する仏教徒側の論理
<参考記事>人権の女神スーチーは、悪魔になり果てたのか

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、印への対戦車ミサイル・誘導砲弾売却承認 930

ビジネス

金利正常化は「適切なペース」で、時期は経済・物価見

ビジネス

PB目標転換「しっかり見極め必要」、慎重な財政運営

ワールド

中国、日中韓3カ国文化相会合の延期通告=韓国政府
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中