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毒親を介護する50歳男性「正直死んでくれとも思うんです」

2019年12月25日(水)14時50分
印南敦史(作家、書評家)

そんな親子間の問題を考えるとき、「コーホート」という視点を持ってみてはどうだろうと提案するのは、老年学の第一人者である桜美林大学・長田久雄教授。すなわち、自分の親という個人に焦点を当てるのではなく、「その世代の人間はどういう生き方をしてきたのか」「どんな価値観や考えを持ちやすいか」を考えてみるということだ。


 コーホートとは一定期間に生まれた人の集団という意味で、「団塊世代」や「バブル世代」、「就職氷河期世代」などの言葉で考えるとわかりやすい。(中略)
「コーホートという視点で考えたとき、今、介護を必要としている老親世代は昭和ヒトケタ生まれとか、戦中教育を受けたとか、戦後の混乱期に貧しい暮らしを強いられた集団と言えるでしょう。今の高齢者は質素倹約や忍耐が美徳とされる生活環境で育ってきた。家族関係や地域のつながりが濃密で、個人の意思よりも親の意向に従うことが正しいとされました。また、社会のほうも男尊女卑や暴力を伴うしつけが容認されていた時代です」(180〜181ページより)

対して子世代コーホートに該当する人々は、現在50〜60代が中心。高度成長期に生まれ、それまでの価値観や社会通念が大きく転換するなかで育っている。大人として自立しようという時期にバブルがあり、男女雇用機械均等法が施行され、個人の成功や幸福の追求が奨励されてきた。

つまり老親世代と子世代が育った環境は、まさに対極。親の常識が子どもの側には非常識になるかもしれず、逆もまた然りということだ。

そのような視点から、親がなぜ我が子を傷付けてきたのかを考えると、個人的な虐待心性だけでは語れないものがあるように思うと著者は記している。「現代の常識」から過去を評価することに対しても、客観的な視点が必要ではないか、とも。

◇ ◇ ◇

なるほど、難しい問題だ。毒親というほどではないと思うが、私も、過去の体験に基づいた母親との関係に今も悩み続けている。仲が悪いというわけでもないのだが、接するたびに子どもの頃の記憶が蘇ってしまい、どう接したらいいのか分からなくなってしまうのだ。

私は今57歳だが、まさかこの歳になってまでそんなことで悩むとは思ってもいなかったので、ときに自分を情けなく感じたりもする。が、どうすることもできないので、このまま現実を受け入れるしかないのだろうとも感じている。

そんな思いがあるからこそ、本書を他人事として片付けるわけにはいかなかったのだ。もちろんそうでなくとも、老いた親をどうするかは、親を持つ全ての人にとって重要な問題でもあるのだが。


毒親介護
 石川結貴 著
 文春新書

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

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