最新記事

BOOKS

毒親を介護する50歳男性「正直死んでくれとも思うんです」

2019年12月25日(水)14時50分
印南敦史(作家、書評家)


 母亡きあと、雅也さんは何度か実家へ行き、父との話し合いを試みている。「体の具合はどう?」、「これからひとりで大丈夫か?」、さりげなく話しかけても、父は顔を真横に向けたまま目も合わせない。母に関連する各種の手続きを進めるため、預金通帳や年金手帳の在りかを尋ねると、ムスッと黙り込んでビールを飲みはじめてしまう。
 大音量でテレビをつけ、寝転がりながら缶を空けていく父を横にして、仕方なく汚れた部屋の片付けをはじめれば、「さわるな! 帰れ!」。入れ歯をなくしたのか、前歯のない口で怒鳴る父に老いの惨めさを覚えつつも、変わらないその姿勢が情けなくてたまらない。
「年寄りなんてそういうもんだと割り切ればいいんでしょうが、むずかしい。むしろ、ここまできて何やってんだ、ちょっとくらい反省しろよ、と爆発しそうになる。こいつはもう救いようがない、正直早く死んでくれとも思うんです」(28〜29ページより)

必ずしも「毒親=暴力的な親」というわけではない。特に母親との関係に悩む女性にとって、「毒親」は直接的な暴力や暴言とは無関係なケースが多いのだという。それどころか我が子を溺愛し、過保護な育て方をし、それが結果的には子どもの人生を苦しいものにするといったことも少なくない。

あるいは、子どもの側が「自分が見捨てれば母はどうなるのだろう。感謝できない自分が悪い」と罪悪感を抱いて介護を担い、そこから逃げられなくなっている場合もある。問題は、そういった罪悪感を「母がそう仕向けている」ことである。

以下は、母娘問題の第一人者である臨床心理士の信田さよ子・原宿カウンセリングセンター所長のことばだ。


「親の支配とか、親が怖いというと、暴力的なことをイメージする人が多いですよね。確かにそういう親もいるけれど、母娘関係ではもっと巧妙で狡猾なんです。たとえば年老いた母親から、お願いだから助けてとか、あなたしか頼れないなんて言われたとき、それを無視すると自分のほうが悪者のような気分になりますよね? そんなふうに自分の弱さを訴えて子どもに罪悪感を植え付け、意のままに操ろうとする母親もいるんです」(51ページより)

弱さと非力さは、高齢になった毒親とその子どもとの関係性における重要な切り口だと著者は指摘する。ましてや親の体力や生活力、認知機能などが弱まれば、介護の可能性も高まることになる。老いた親が経済的に困窮し、"非力なパラサイト"になって子どもに依存してくることも考えられる。

しかもそれでいて、都合のいいときだけ親としての権利を振りかざし、子どもを律し、操ろうとする親も少なくないのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

サマーズ氏、オープンAI取締役辞任 エプスタイン元

ワールド

ゼレンスキー氏、トルコ訪問 エルドアン大統領と会談

ワールド

米政権、消費者金融保護局局長にOMB幹部指名 廃止

ビジネス

米8月の貿易赤字、23.8%減の596億ドル 輸入
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中