最新記事

難民

緒方貞子がルワンダ難民を大量強制送還したのは誤りだった

2019年11月6日(水)17時40分
米川正子(筑波学院大学准教授)

さらに緒方さんは1997年4月、UNHCRは「最悪事態からましな(the least worse)」選択肢を追求することになったと述べた。言い換えると、「帰還」には「戦争状態にある国に強制帰還される」ことも含まれるようになったのである。

故郷への帰還は一見肯定的で当然のことと考える傾向があるが、戦争状態でなくても基本的人権が侵害されている国や地域にどうやって難民を帰還させることができるのだろうか。しかしUNHCRは実際に帰還を進めてきたのである。難民の声を無視して。また「救済作戦」の名の下、コンゴ人住民に、ルワンダ難民の居場所を報告すれば難民一人につき10ドルの賞金を手渡すと伝えて。

ルワンダ元難民のマリー・ビアトリス・ウムテシさんは、下記のようにUNHCRを鋭く批判している。

「UNHCRの目的は唯一、ルワンダ難民を帰還させることだった。難民が喜んで帰還しようと、あるいは強制帰還されようと関係ない。UNHCRの成功基準は単純に帰還数で決まり、帰還後、母国で歓迎されようと、あるいは難民に帰還する意思がなかろうとそれは考慮されないのである。」
(Marie Béatrice Umutesi, Surviving the Slaughter: The Ordeal of a Rwandan Refugee in Zaire, Wisconsin: The University of Wisconsin Press, 2004, 209.)

帰還ではなく保護を

結局、1996~1997年に帰還を強いられたルワンダ難民の中には、上記の通り帰還後に殺戮され、行方不明になった人が多く、さらにそれ以降もルワンダからの再難民化が続いている。1990年代後半、コンゴが紛争状態であっても、ルワンダに強制的に帰還させるより、コンゴで滞在させた方が生存率は高かったのではないか。この数年、コンゴで生き延びたルワンダ難民に聞き取り調査をしながらそう思うことがある。

そもそも難民帰還の政策は当事者の難民の意思に関係なく、UNHCRの拠出国らのニーズによってつくられ、UNHCRは拠出国らの政府という傘の下で働いているのが現状である。そのため、UNHCRは強制帰還に加担する以外に選択肢がなかったという意見もあるが、緒方さんは難民保護の任務を持つ機関の長として、帰還ではなく保護の重要性を強く訴えるべきだったのではないか。緒方さんの自著にはルワンダ難民の意思が一切触られていないのは、ルワンダ政府とその強力な同盟国で最大拠出国のアメリカ政府に忖度していたからなのだろうか。

ルワンダ難民危機が起きた1990年代に、地球の裏でもう一つの危機があった。バングラデッシュからビルマ(現ミャンマー)のロヒンギャ難民の強制帰還である。現在も、そのロヒンギャ難民に同じような問題が突き付けられている。政府とUNHCRはいい加減、帰還が当然であるという妄想を放棄し、もっと難民の声に耳を傾け、そして各政府の思惑によって成り立っている難民保護の体制の在り方を検証する必要がある。


Yonekawa_Profile.jpg[執筆者]米川正子
筑波学院大学准教授。国連ボランテイアでカンボジア、 ルワンダ、ソマリアなどで活動。UNHCR職員でルワンダ、 ケニア、ジュネーブに勤務。コンゴ民主共和国ゴマ UNHCR元所長。宇都宮大学元特任准教授、立教大 学元特任准教授。神戸女学院大学卒業、南アフリカ・ ケープタウン大学大学院で修士号取得(国際関係)。専 門は難民、紛争と平和、人道支援。日本平和学会理事。 日本国際連合学会理事。コンゴの性暴力と紛争を考え る会代表。 主著に『あやつられる難民―政府、国連、NGOのはざま で』(ちくま新書、2017年)『ルワンダ・ジェノサイド生存者 の証言―憎しみから赦しと和解へ』(訳、2015年、有斐 閣)『世界最悪の紛争「コンゴ」~平和以外に何でもある国』(創成社、2010年)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中