最新記事

ラグビーW杯

「金持ち」イングランドを破った南アフリカの必然

Money Can't Change Everything

2019年11月5日(火)07時00分
長岡義博(本誌編集長)

南アフリカ協会の2018年の収入は8300万米ドルなのに対して、イングランド協会は2億2200万米ドル。その差は3倍近い(ちなみに代表チームのオールブラックスが世界的ブランドであるニュージーランド協会は1億2100万米ドル)。

91年にアパルトヘイト(人種隔離政策)関連法が撤廃され、94年には総選挙を経て故ネルソン・マンデラが大統領に就任して国際社会に復帰した南アだが、人種間のあつれきは今も続く。最も深刻な問題は、人口約5900万の8割を黒人が占めるのに、74%の土地を白人が所有する土地問題だ。決勝を日本で観戦したシリル・ラマポーザ大統領は補償なしの土地強制収用を検討しているが、当然白人はこれに反発している。加えて、最近は南アで働くナイジェリア移民へのゼノフォビア(外国人嫌悪)による襲撃事件が続発している。多くのラグビー選手が海外移籍を選択するのも、治安の悪化や経済の不安定化と無関係ではない。

南ア代表選手の3分の1が日本でプレー

実際に、今回の南ア代表メンバー31人のうち、日本でプレーした経験のある選手は11人もいた。現在海外チームに所属する選手は8人。うち5人がイングランド、2人がフランス、1人が日本のチームである。ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの3協会は以前、国外のチームに移籍した選手を国代表として選ばない方針を守っていた。国内の選手層の維持が代表強化に不可欠だからだが、それでもヨーロッパや日本に渡る選手が絶えないため、南アとオーストラリア協会はすでにその方針を撤回している。

南アフリカと対戦したイングランドは対照的に、選手全員が国内のプロチームでプレーしている。イングランドのプレミアリーグは報酬もプレーのレベルも最高だから当然だが、全員が国内でプレーしていれば代表チームを招集しても集まりやすく、集まりやすければ連携も取りやすく、結果戦力の強化につながる。

ラグビーのプロ化を先導したのはニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの3協会だった。3カ国の地域チームが国境と時差を超えて対戦するスーパー12(現在のスーパーラグビー)、3カ国の代表が毎年激突するトライネーションズ(現在はアルゼンチンが加入してザ・ラグビーチャンピオンシップ)は、87年に始まったワールドカップで牧歌的時代を終えようとしていたラグビーをあっという間に興行化した。

だが南半球のアドバンテージは、プロ容認から24年が経って徐々に消えようとしている。これまで9回開かれたワールドカップで、南半球チームの優勝は実に8回なのに対し、北半球は03年のイングランドの1回のみ。前回のワールドカップで4強に残ったのは全て南半球のチームだった。ただし、今回は北半球が2チーム、南半球が2チーム。北半球はジリジリと南半球に迫りつつある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者が訪米、2日に米特使と会

ワールド

お知らせー重複配信した記事を削除します

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中