最新記事

事件

なぜベトナム人は密入国を選ぶのか 英コンテナ死亡の39人は氷山の一角

2019年11月14日(木)20時14分
チュック・グェン

正規の海外就労は高額なうえ手続きが困難

thitho.jpg

39人の犠牲者の一人、ベトナム北中部ゲアン省出身のチャン・ティ・トー。チャン・ティ・トーはベトナム語で純粋という意味。フェイスブックページより

ブローカーや業者を通さずに海外で就労する方法がないわけではない。ベトナムの法律に基づいて海外渡航を希望する人は履歴書、健康診断書、預金証明書、技能試験証明書、語学レベル証明書などの必要書類を準備して提出する必要があり、デポジット(前金)として9000米ドルを用意しなければならず、非常にハードルが高い。

こうした困難さから大半の海外就労希望者はブローカーや業者を利用して不法就労をせざるを得ない。しかし悪質なブローカーに労働者がだまされることも往々にしてある。経費の搾取、移動中に通過国の法律に違反しているとしての摘発などが待ち構えているのだ。

一部の人は、ベトナムやシンガポール、タイなどASEAN加盟国国民に許されている1カ月間のビザなし渡航を利用してこれらの国に入国・滞在し、不法就労して稼ぐ。そして1カ月が経つ前にまた近隣のASEAN加盟国へビザなし渡航で入り、渡り歩いて働き続けるのだ。シンガポールへ旅行中のベトナム人女性が強制送還された事件があったが、これはそうしたASEAN渡り歩きの不法就労が発覚し、摘発された例である。

一方、ベトナムでビザを申請する場合、申請者は給与所得を示す書類を提示し、不動産所有を証明する必要がある(もちろん誰もが証明できるものではない)。すべての条件、面接で出国が許可された場合でも、観光ビザの有効期間は通常1か月間のみである。

命がけでも目指す海外就労

NGO団体のレポートによると、国境を越える不法労働者のネットワークには、中国やロシアを通過するなど、英国に至るまでに複数の異なるルートがあるという。ロシアを経由する場合、ベラルーシにトラックで入国し、森林地帯をポーランド国境まで歩いてワルシャワへ。その後ドイツ、ベルギーを経由しパリを目指す。欧州、北欧などの26カ国がメンバーのシェンゲン協定加盟国のすべてで有効な短期訪問ビザを利用するケースが大半だ。シェンゲンビザ(最長90日間)を利用すれば欧州の複数国を渡り歩くことが可能になるからだ。

このシェンゲンビザを利用した旅は数カ月続くこともあり、ときには銃で武装した人々に監督され、また平日は森を歩いて移動することがあるという。しかし、この方法で入国すれば滞在期限に制限がなく不法就労することが可能だ。

NGOの調査によると、欧州方面に渡航するベトナム人の約80%は失業者だという。もちろん言葉も不自由なうえ支援もなく不慣れな場所で、彼らは渡航に要した借金を返済するためマリファナなどの違法薬物関連の仕事や女性の場合は売春、リスクの高い仕事に就かざるをえない場合もある。

借金を返済しても、ベトナムで幼い兄弟たちが勉強したり、家を建てるために仕送りをして、自分は極力節約したギリギリの生活を送ることになる。渡航途中には今回のような生命の安全が脅かされ、無事入国できても摘発の危険に常にさらされている。

英国で39人のベトナム人が密入国の果てに死亡したことは、世界を震撼させるほどの悲劇だった。この事件は海外での不法就労で生活を楽にしようと夢見ているベトナム人にとって大きな教訓になったかもしれない。だが真の悲劇とは、ベトナムに暮らす人びとの生活苦にあえぐ現実が、何も変わらないということである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ECB幹部、EUの経済結束呼びかけ 「対トランプ」

ビジネス

ECBの12月利下げ幅巡る議論待つべき=独連銀総裁

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中