イラン政権転覆を狙う反体制派が抱える闇
Bracing for the Fall
反政府勢力は一枚岩と言うには程遠く、専門家によれば政権を手にするチャンスを自ら遠ざけている。統一戦線をつくろうという動きは何度もあったが、過去の因縁や政策課題の違いからいずれも失敗に終わった。
政府施設や高官への襲撃、街頭デモといった形での反政府運動は、1979年のイスラム革命の頃からあった。だが最近の反政府運動は過去のものとは一線を画す。背景にあるのは経済の窮状であり、政府は新たな革命の発火点になるのを恐れて厳しい弾圧に踏み込めずにいる。「最近、彼ら(政府側)は慎重だ」と、民族系の反政府組織イラン・クルディスタン・コマラ党のアブドラ・モハタディ党首は語る。
イラン政府が行動変容に向けた交渉に応じなければ経済の破綻が近づくだけのことで、最終的にはイラン側が折れるだろうと、トランプ政権高官らは主張する。もっとも今のところ、イランは強気の発言やペルシャ湾を航行する船舶への妨害行為など、強硬な姿勢を崩していない。
一方で、イラン指導部は来年の米大統領選まで動くつもりはないとの見方も伝えられている。トランプが敗北すれば、民主党政権は制裁を解除し、2015年の核合意に立ち返るかもしれないと期待してのことだ。
「民主的」主張に疑問符
依然として多くの専門家が、現在の緊張状態が武力衝突へと一気に発展し、現政権が崩壊する可能性を指摘している。もしそうなれば、次にどのような政権が生まれるのか。さらには、反体制派はどのような新政権を思い描いているのだろうか。
MEKは10年ほど前から、自分たちは世俗的かつ民主的で非暴力の組織であり、イラン国内で広く支持されていると主張するようになった。
もっとも、アメリカの元高官やイラン問題の専門家の多くは、彼らが民主的だと称することにも国内の支持基盤の広さについても疑問を呈している。実際のところ、MEKの主張のほぼ全てが、否定と反論にさらされている。
MEKは1965年に、アメリカを後ろ盾としていた故パーレビ国王の王政に反対する学生を中心に結成された。マルクス主義とイスラム教という奇妙な組み合わせのイデオロギーを掲げ、イラン国王とその欧米の支持者に対し、初めて武力で立ち向かったグループでもあった。
1970年代に米陸軍大佐を3人、軍事請負業者を3人殺害し、数多くの米企業の施設を爆破したと、米情報機関はみている。米政府はMEKをテロ組織に指定した。