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東電の原発事故賠償、審査はザルで、不正が横行していた

2019年10月18日(金)11時10分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<福島原発事故後、被害者賠償に真摯に取り組み、賠償金詐欺と戦った高卒の東電社員がいた>

以前紹介した『売春島――「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)、『裏オプ――JKビジネスを天国と呼ぶ"女子高生"12人の生告白』(大洋図書)の著者・高木瑞穂氏は、主に社会・風俗の犯罪事件を題材とした著作を送り出してきたフリーライターである(記事はそれぞれ「『売春島』三重県にあった日本最後の「桃源郷」はいま......」「JKビジネスを天国と呼ぶ『売春』女子高生たちの生の声」)。

そのため、新作もそうした路線だろうと思っていたのだが違った。8月に発売されたノンフィクション『黒い賠償』(彩図社)は、東京電力福島第一原子力発電所事故後の杜撰(ずさん)な賠償金支払いの実態に焦点を当てていたからである。

本書の"主人公"は、元東電社員の岩崎拓真(仮名、42歳)。原発事故による被害者賠償に誰よりも真摯に取り組んできた人物である。東京の三鷹で生まれた岩崎は6歳のときに父親と死別し、母と妹との3人、公団住宅で育った。

高校はいわゆる底辺校だったが、就職先として「会社の中身など知らなかった」東京電力株式会社を受けたところ合格。多摩支店、青梅営業所・料金課に配属され、真面目に仕事に取り組み、キャリアを一歩一歩積み重ねていった。


 高卒と大卒とでは、そもそも歩む道が違った。岩崎のような末端の現場作業員の大半は高卒だ。一方、大卒は現場の経験を積むため、新人期間の二、三年間だけ現場を踏む。
 現場では自ずと大卒組と一緒に汗を流すことになる。東大、京大卒の新人がゴマンとくるので、そうしたエリートたちと仕事をすると、出世意欲や物事の考え方などで多大な影響を受けた。高卒の同期が集まれば、オンナやギャンブルなど俗物的な話題ばかりだが、大卒組は純文学や単館上映のマニアックな映画、大衆受けしない音楽などを好み、政治や会社の将来について話した。(57ページより)

もちろん大卒との格差は埋められるものではないが、純粋に物事を受け入れ、熱心に仕事をしていたのだ。しかしそんなとき、東日本大震災が起こった。

岩崎のいた調布の事業所でも、24時間体制で対応に当たった。だが、その時点では福島の原発事故は報じられておらず、岩崎ら東電社員たちにも「福島がヤバい」という認識はなかった。端的に言えば、現実味のないことだったというわけだ。


 よもや地震で原発事故が起こることなど誰も想像していなかった。むろん、それが東電の仕業だとも。テレビから流れるのは、ただ"凄い地震が起きた"という事実だけだった。(中略)東電社員の誰もが傍観者でしかなかった。
「凄いことが起きてるよね」
 同僚たちが交わした言葉は、ただそれだけだった。(60ページより)

だから原発1号機が水素爆発を起こしたとき、異常事態だとは感じても、それが東電の非につながるとは思わなかった。そこまで予測できる専門知識を持っていなかったからである。

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