最新記事

顔認証の最前線

AI監視国家・中国の語られざる側面:いつから、何の目的で?

NOT SO SIMPLE A STORY

2019年9月10日(火)17時40分
高口康太(ジャーナリスト)

magSR190910facialrecognition_china-2.jpg

製造最大手、杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)の監視カメラ QILAI SHEN-BLOOMBERG/GETTY IMAGES

憂慮すべきは「普通」の基準

この混乱を収めたのが2000年代に始まった監視システムだろう。「毛沢東からデジタル監視へ」の転換だ。このように考えたとき、「監視社会・中国」に対する一般的なイメージには大きな問題があることに気付かされる。

すなわち、「中国共産党による一党支配の維持」こそがデジタル技術を動員した監視カメラ網の目的と見なされることが多いが、むしろ人々をお行儀よくさせる、安心をもたらすことに焦点が当てられているのだ。

逆に人権派弁護士や活動家の取り締まりなど、支配の維持に関する問題については、住宅の周りを警備員が常に見張り続けるといった、昔ながらの人力に頼った監視や軟禁が継続しており、デジタル技術によって代替されてはいない。

規範の代わりにデジタル技術で人々をお行儀よくさせる。そんな社会は息苦しいものではないのだろうか。

「もう慣れてしまったので、そもそも監視カメラがあることに気が付かなくなった。自分が悪いことをしなければ特に不都合もないし......。悪い人にとっては困りものだろうけど」

蘇州で製薬関連会社に勤める劉(30代、女性、仮名)の言葉だ。「デジタルディストピア」の圧政に苦しむ中国人民を描く外国メディアの報道とは全く違う感想がそこにはあった。

私たちの常識から見れば、中国の監視社会化はとてつもなく恐ろしいものに思える。だが、そこで暮らしている人々に「治安がよくなって、人々のマナーもよくなる。普通の人は困ることはない。それで何の問題があるのか?」と聞き返されたとき、果たして反論できるだろうか。

憂慮すべきは、「普通の人」と「普通ではない人」を分ける基準が独裁政権の手に委ねられている点だろう。この問題が突出しているのは、新疆ウイグル自治区やチベット自治区など独立運動が起こってきた少数民族地域だ。

中国の大多数の地域では監視のターゲットとされる「普通ではない人」はごく少数にとどまるのに対し、これらの地域では多数の住民が厳しい取り締まりと監視によるストレスフルな日々を送り、再教育キャンプには100万人超が収容されているという。

あるいは香港。デモ参加者たちは監視カメラ付きの街灯を引きずり倒した。「普通ではない人たち」の監視システムが香港でも運用されているとの恐れからだ。

監視カメラにより社会秩序を改善させる中国の取り組みからは、正と負の双方の側面が見えてくる。

(筆者は近刊に梶谷懐との共著、NHK出版新書『幸福な監視国家・中国』がある)

<2019年9月17日号掲載「顔認証の最前線」特集より>

※「顔認証の最前線」特集では、顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポートし、「中国製監視網」を導入した1国、セルビアについても詳報。フェイスブックの顔認証システム「ディープフェイス」をめぐる議論も取り上げる。顔認証技術に関しては、日本のNECやパナソニックも世界でしのぎを削っているが、果たしてこの技術はどんな可能性を秘めているのか。

20190917issue_cover200.jpg
※9月17日号(9月10日発売)は、「顔認証の最前線」特集。生活を安全で便利にする新ツールか、独裁政権の道具か――。日常生活からビジネス、安全保障まで、日本人が知らない顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポート。顔認証の最先端を行く中国の語られざる側面も明かす。

【参考記事】日本人が知らない監視社会のプラス面──『幸福な監視国家・中国』著者に聞く
【参考記事】フェイスブックの顔認証システムが信用できない理由

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米軍がホルムズ海峡封鎖へ、イランは交渉に戻る見通し

ワールド

ロシア・ウクライナ復活祭停戦、発効数時間で双方が違

ワールド

米イラン協議決裂、核・ホルムズ海峡で溝埋まらず 停

ワールド

中国、台湾向け観光規制緩和など新措置 野党党首訪中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    新しいアメリカンドリームは「国外移住」...5人に1人が海外を希望する時代
  • 2
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相場で人気の優良株から売られる落とし穴
  • 3
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけない副作用に研究者が警鐘
  • 4
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 5
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 6
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 7
    中国が恐れる「経済ドミノ」
  • 8
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 9
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 10
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 8
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中