AI監視国家・中国の語られざる側面:いつから、何の目的で?
NOT SO SIMPLE A STORY
憂慮すべきは「普通」の基準
この混乱を収めたのが2000年代に始まった監視システムだろう。「毛沢東からデジタル監視へ」の転換だ。このように考えたとき、「監視社会・中国」に対する一般的なイメージには大きな問題があることに気付かされる。
すなわち、「中国共産党による一党支配の維持」こそがデジタル技術を動員した監視カメラ網の目的と見なされることが多いが、むしろ人々をお行儀よくさせる、安心をもたらすことに焦点が当てられているのだ。
逆に人権派弁護士や活動家の取り締まりなど、支配の維持に関する問題については、住宅の周りを警備員が常に見張り続けるといった、昔ながらの人力に頼った監視や軟禁が継続しており、デジタル技術によって代替されてはいない。
規範の代わりにデジタル技術で人々をお行儀よくさせる。そんな社会は息苦しいものではないのだろうか。
「もう慣れてしまったので、そもそも監視カメラがあることに気が付かなくなった。自分が悪いことをしなければ特に不都合もないし......。悪い人にとっては困りものだろうけど」
蘇州で製薬関連会社に勤める劉(30代、女性、仮名)の言葉だ。「デジタルディストピア」の圧政に苦しむ中国人民を描く外国メディアの報道とは全く違う感想がそこにはあった。
私たちの常識から見れば、中国の監視社会化はとてつもなく恐ろしいものに思える。だが、そこで暮らしている人々に「治安がよくなって、人々のマナーもよくなる。普通の人は困ることはない。それで何の問題があるのか?」と聞き返されたとき、果たして反論できるだろうか。
憂慮すべきは、「普通の人」と「普通ではない人」を分ける基準が独裁政権の手に委ねられている点だろう。この問題が突出しているのは、新疆ウイグル自治区やチベット自治区など独立運動が起こってきた少数民族地域だ。
中国の大多数の地域では監視のターゲットとされる「普通ではない人」はごく少数にとどまるのに対し、これらの地域では多数の住民が厳しい取り締まりと監視によるストレスフルな日々を送り、再教育キャンプには100万人超が収容されているという。
あるいは香港。デモ参加者たちは監視カメラ付きの街灯を引きずり倒した。「普通ではない人たち」の監視システムが香港でも運用されているとの恐れからだ。
監視カメラにより社会秩序を改善させる中国の取り組みからは、正と負の双方の側面が見えてくる。
(筆者は近刊に梶谷懐との共著、NHK出版新書『幸福な監視国家・中国』がある)
<2019年9月17日号掲載「顔認証の最前線」特集より>
※「顔認証の最前線」特集では、顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポートし、「中国製監視網」を導入した1国、セルビアについても詳報。フェイスブックの顔認証システム「ディープフェイス」をめぐる議論も取り上げる。顔認証技術に関しては、日本のNECやパナソニックも世界でしのぎを削っているが、果たしてこの技術はどんな可能性を秘めているのか。
※9月17日号(9月10日発売)は、「顔認証の最前線」特集。生活を安全で便利にする新ツールか、独裁政権の道具か――。日常生活からビジネス、安全保障まで、日本人が知らない顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポート。顔認証の最先端を行く中国の語られざる側面も明かす。
【参考記事】日本人が知らない監視社会のプラス面──『幸福な監視国家・中国』著者に聞く
【参考記事】フェイスブックの顔認証システムが信用できない理由