最新記事

顔認証の最前線

AI監視国家・中国の語られざる側面:いつから、何の目的で?

NOT SO SIMPLE A STORY

2019年9月10日(火)17時40分
高口康太(ジャーナリスト)

こうしたシステムを開発、販売しているソフトウエア会社のパンフレットを見ると、携帯電話の情報から該当地域にいる住民の情報を統一的に表示できる機能を盛り込んでいるものもある。縦割り行政を打破する試みだ。

雪亮工程は建設ラッシュが続いている。BBCの報道によると、2020年には民間も含めて約6億台の監視カメラが中国に設置される見通しだという。

こうした飽くなき監視カメラの活用、監視社会化はいったい何をもたらしたのか。前述の「法制日報」記事は、四川省中部にある稲花村の魯良洪(ルー・リアンホン)書記の言葉を紹介している。

「昨年の雪亮工程の実施から、窃盗事件、野焼き、ゴミの不法投棄といった違法行為は一切起きていない。不道徳行為の取り締まりにも有効だ」

中国共産党の力で犯罪が一掃されたという、いかにもプロパガンダ的な言葉だが、そこまで極端ではなくとも監視カメラの「恩恵」を感じている人は多い。卑近な例で言うと、落とし物、忘れ物だ。ネコババしても監視カメラに突き止められてしまうため、警察に届けられるケースが増えた。

また、監視カメラを導入した都市では、路上駐車や無理な追い越し、信号無視、速度超過などの交通違反も明らかに減っている。警官が見張っていないときは好き放題だったのが、常に監視されることでお行儀よくなったわけだ。

落とし物をネコババしない、交通ルールを守る──こうした社会のルールは通常いかに遵守されるのか。法律で罰則が定められているが、実のところこうした軽微な罪は摘発される確率が低い。実際には法律よりも「悪いことだからしてはならない」と自らを律する規範が占める比率のほうが大きいだろう。

中国でも学校で、あるいは団地に張り出された壁新聞で、啓蒙活動を繰り広げ、人々に規範を植え付けようとしてきたが、効果があったとは言えない。日本を旅行した中国人が口々に言うのが、日本人の礼儀正しさだ。一人一人が規範を内面化し、誰も見ていないような状況でもルールを守る社会だと感嘆している。

もっとも、中国でも一貫して規範が機能していなかったわけではない。かつて日本では「文化大革命時代の中国は泥棒のいない国」と言われていた。このイメージは多分に中国のプロパガンダに影響されていることは否めないが、当時を知る中国人に話を聞いても、「改革開放前のほうが社会の秩序はあった」と話す人が多い。

文革初期は紅衛兵が跋扈(ばっこ)する混沌とした世界だったが、後期は毛沢東を象徴とする強力なイデオロギー統治と密告を軸としたアナログな監視社会で、むしろ社会秩序があったという。改革開放によって、違法行為に手を染めてでも稼いだ者が偉い世の中になったこと、格差や人口流動が拡大したことで中国は社会秩序が不安定になった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米10月求人件数、1.2万件増 経済の不透明感から

ワールド

スイス政府、米関税引き下げを誤公表 政府ウェブサイ

ビジネス

EXCLUSIVE-ECB、銀行資本要件の簡素化提

ワールド

米雇用統計とCPI、予定通り1月9日・13日発表へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中