最新記事

コロンビア大学特別講義

韓国政府が無視していた慰安婦問題を顕在化させたのは「記憶の活動家」たち

2019年8月7日(水)18時55分
キャロル・グラック(米コロンビア大学教授)

ダイスケ これが理由であってほしくはないですが、補償してほしかったということはありますか。

グラック教授 元慰安婦たちが証言した主な目的は、補償を求めることよりも自分たちが苦しんだ過去を公然と認められるようにする点にありました。補償というのは、訴訟の際に出てくる考えですね。

ニック 終戦から1990年代まで長い時間が経過して被害者の家族たちが亡くなったことで、家族に押される烙印を心配する必要がなくなったからではないですか。

グラック教授 そうですね。理由の一つは、証言をしたときに元慰安婦たちが年を召していたこと。退役軍人を含め、年を重ねて人生のある時点に来ると、十分な時間が経ったとか最後のチャンスであるという理由で、話したくなることもあります。証言した元慰安婦たちのうち何人かは、夫が亡くなってから話そうと思っていた、と明かしました。20歳の時には話せなかったことを話せるほどに高齢になっていたのです。

では彼女たちが何を求めていたかと言えば、公に知ってもらいたい、自分たちの話を伝えてほしいということです。日本政府による認知、謝罪、補償、そして次の世代への教育です。この四つは、ホロコースト犠牲者の家族や強制労働者など、第二次大戦の被害者が求めているものと同じです。

歴史というのは、通常は史料に基づいて書かれるものです。それが、この頃にはオーラルヒストリー(口述歴史)や証言が「認められる」ようになり、「証言の時代」とも呼ばれました。ではなぜ、慰安婦の証言は認められるようになったのですか。

トム 以前から慰安婦の存在は皆知っていたのに、慰安婦自身は声を上げていなかったところ、声を上げ始めたからでしょうか。

スコット 日本政府が史料を廃棄していたからでしょうか。

グラック教授 終戦時、たしかに日本政府は史料を廃棄しましたが、史料を廃棄するのは日本だけではありませんよ(笑)。それが理由ではありません。慰安婦について、そもそもどれほど史料があったと思いますか。

一同 全く(なかった)!

グラック教授 そのとおり。特に性的暴力というのは、一般的には「記録化」されていない性質のものです。強姦の記録が、史料として残っているでしょうか。そんななかで、慰安婦のような被害者の声によって何が起きたのかが明るみに出ることがあります。

※第3回に続く:韓国と日本で「慰安婦問題」への政府の対応が変化していった理由

※第1回はこちら:「慰安婦」はいかに共通の記憶になったか、各国学生は何を知っているか


『戦争の記憶 コロンビア大学特別講義―学生との対話―』
 キャロル・グラック 著
 講談社現代新書

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EUが排ガス規制の猶予期間延長、今年いっぱいを3年

ビジネス

スペースX、ベトナムにスターリンク拠点計画=関係者

ビジネス

独メルセデス、安価モデルの米市場撤退検討との報道を

ワールド

タイ、米関税で最大80億ドルの損失も=政府高官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中