最新記事

哲学

民主主義が嫌悪と恐怖に脅かされる現代を、哲学で乗り越えよ

BEYOND FEAR

2019年8月1日(木)20時02分
ニーナ・バーリー

民主主義とは、自分の希望と未来が見知らぬ人々の手の中にあることを前提としている。悪しき決定が下されることもあり、自分の意見が常に通るとは限らないが、結果は甘んじて受け入れる──ここに信頼がある。そのためには、反対側の人々への敬意が欠かせない。たとえ彼らは間違っていると思う場合でも。

しかし、信頼は敬意以上のものだ。信頼には、自分が脆弱な立場になるのを許容することも含まれる──例えば意に沿わない選挙結果を受け入れるというような。政治プロセスに対する一定の心構えを持つことは極めて難しい。そのプロセスへのトランプの攻撃に、私はとても心を痛めている。

トランプのメディア攻撃についても同様だ。私たちはニュース、少なくとも多くのニュースは真実だと信じる必要がある。政治プロセスが機能するためには、その前提が必要なのだ。

――希望は恐怖の「解毒剤」だという著書の指摘は、どういう意味か。

希望は通常、恐怖の対極にあると見なされる。ある意味では正しい。だが、哲学の伝統に従えば、この2つはとてもよく似ている。どちらも極めて不確実な結果が、自分にとって有意義で重要なものと見なすことを求めている。私と同じように、他者や祖国、自分でコントロールできないものを愛することが重要だと考える人間なら、恐怖と希望の両方を心に持つことになる。

――希望を持つための「実践的習慣」についても教えてほしい。

誰もが自分なりの方法を見つけなければならない。例えば芸術は素晴らしい希望の学校だ。どんな活動であれ、たとえぞっとするような作品でも、芸術家は人間の内面を探るきっかけを与えてくれる。嫌悪だけではないやり方、より深い理解に導く方法で。

哲学もそうだ。ソクラテス派の哲学は、討論のモデルを示してくれる。哲学の教室では、誰かを大声で罵ったりしない。理性的で敬意に満ちた討論の習慣を身に付けること、それが希望を実践するということだ。

――この困難な時代に、冷笑的態度や無関心を克服する方法は?

私たちは(古代ローマの政治家・哲学者)キケロのような、自らリスクを取り、進んで関与する意思を持ち、自分を過度に守ろうとしない人々を称賛すべきだと思う。政治には困難と痛みが伴う。その世界に身を投じ、潔さと喜びを持って行動する人々は、人間ができる最も重要なものの一つを実践している。

fear190205d.jpg

リスクを取る政治家で哲学者だったキケロの胸像 ARALDO DE LUCAーCORBIS/GETTY IMAGES


個人的には、冷笑的な反応には全く魅力を感じない。 私と同じように、自分の人生はこれ1度きりしかないと考える人間にとって、それが無価値だとしたら何に価値を見いだすのか。世界は素晴らしいもの、美しいものにあふれている──人々、自然、動物たち。特に若い人には、この星を維持するためにできることをやってほしい。そのためには多くの努力が必要だ。

<本誌2019年2月5日号掲載>

20190806issue_cover200.jpg
※8月6日号(7月30日発売)は、「ハードブレグジット:衝撃に備えよ」特集。ボリス・ジョンソンとは何者か。奇行と暴言と変な髪型で有名なこの英新首相は、どれだけ危険なのか。合意なきEU離脱の不確実性とリスク。日本企業には好機になるかもしれない。


20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ停戦が発効、人質名簿巡る混乱で遅延 15カ月に

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中