最新記事

哲学

民主主義が嫌悪と恐怖に脅かされる現代を、哲学で乗り越えよ

BEYOND FEAR

2019年8月1日(木)20時02分
ニーナ・バーリー

月経があり、出産する性である女性はこうした文化の中で常に標的にされ、不快な肉体性を象徴する存在になっている。人種差別の場合でも、黒人は「より動物的」だと言われ、ユダヤ人はしばしば「虫」に例えられた。

嫌悪は無力感や恐怖から生じることもある。例えば、トランプはアフリカ諸国を「肥だめ」と呼び、移民の「蔓延」を語る。男性が女性に怒りを感じるのは、女性がすべきはずのことをしないから。つまり男性を支える役割を拒むからだ。女性たちは職場で権利を主張し、性暴力やセクシュアル・ハラスメントで訴えることもいとわない。

一方で時代は変化している。敬意を持って女性に接するとはどういうことか、理解している男性も大勢いる。

――左派は、恐怖の言説を拡散していると保守層を非難しがちだが。

無責任な言説は右派だけのものではなく、責任感のある保守派は数多い。(『恐怖の君主制』では)トランプを民主党の政治家ではなく、ジョージ・W・ブッシュと対比している。9.11テロ後、ブッシュは非常に注意深く、責任感を持って発言した。犯人は捕まえるが、ある宗教や集団全体を悪と見なすことはしないと語り、民衆の感情を責任ある形でコントロールした。

――その点で特に優れた手腕を発揮した指導者の例を挙げてもらえるか。

フランクリン・ルーズベルト大統領は民衆の感情を導く上で、驚くほど慎重で責任感があった。アメリカ人の貧困層に対する見方を変えることが不可欠だと理解し、彼らは尊厳ある人間であり、怠惰ではなく社会的変動のせいで苦しんでいることを示そうとした。

そのための手段として、ニューディール政策を通じて芸術家も起用した。例えば(写真家の)ドロシア・ラングは、アメリカの貧困を極めて印象深く切り取った作品を残している。

私が手本とするのはマーチン・ルーサー・キングだ。民衆の感情の導き手としての彼の課題は、一般的な民衆ばかりでなく、自身の運動の内部でいかに感情を形作るかというものだった。怒りには、恐ろしい過ちに対して、同じことは二度と許さないと抗議する側面があると、彼は言っている。だがそこには報復の側面、自分を傷つけた相手を傷つけようとする意図もある。

fear190205c.jpg

怒りの純化を説いたマーチン・ルーサー・キング REG LANCASTERーDAILY EXPRESSーHULTON ARCHIVE/GETTY IMAGES


だから、彼は「運動に怒りを持ち込む人々がいたらどうするか」と問い掛けた。怒りを純化し別の感情に導く必要があると語った。希望や、正義は可能であるという信念、そして何よりも愛へと。アメリカが最も危険で困難な政治状況にあった時代に、彼は素晴らしいやり方で民衆の感情を形作った。

――あなたは民主主義が機能していると信じることの重要性を指摘している。

絶対君主制の君主は、人々にひたすら従属と服従を求める。そんな状況の下では、君主の意思と行動に依存するのも悪くないかもしれない。しかし、依存と信頼は違う。

信頼とはもっと大きな何か、あえて自分をさらけ出し、自分の夢と未来を誰かの手に委ねることを意味する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中