最新記事

東南アジア

インドネシア首都移転先、発表1日で活断層や森林火災など問題続出 政府内からも疑問の声

2019年8月27日(火)18時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

活断層に森林火災と難問山積

ジョコ・ウィドド大統領が東カリマンタン州の二つの県にまたがる地区を新首都移転候補地とした理由の一つに「自然災害のリスクが少ない」ことを挙げている。地震、津波、地盤沈下、洪水、火山噴火、森林火災、地滑りなどに過去に見舞われたことがほとんどない地区であるとしている。

ところが27日主要紙「コンパス」(ネット版)は、気象庁が同州には3つの活断層の存在が確認されており、今後も活動する可能性が高いとしていると報じた。

活断層が動けば当然地震が起きることが予想され、海岸部からは遠い内陸部であるため津波被害は想定されないとしても大統領が強調するほど「災害フリー」ではない実態がすぐに指摘された。

また森林火災に関してもカリマンタン島はスマトラ島と並んで毎年多くの森林火災が発生し、その煙害が隣国シンガポールやマレーシアの市民生活にまで影響を与えるという深刻な問題を抱えている。

国家防災庁の調べによると2019年1月〜7月末までの間、インドネシアでは28州で森林火災が発生し、13万5749ヘクタールが焼失したという。このうちカリマンタン島では南カリマンタン州に次いで首都移転候補地のある東カリマンタン州の森林火災が多く発生し、これまでに4430ヘクタールが焼失しているという。環境森林省のデータでは136ヘクタールが焼失したとの数字もある。

いずれにしろ熱帯雨林が生い茂り、東カリマンタンのクタイ国立公園には絶滅が危惧される類人猿オランウータンの生息地が広がるなど、森林地帯が大半の東カリマンタンだけに森林火災とその煙害のリスクは高いといわざるを得ない状況だ。さらに国有地とはいえ、熱帯雨林地帯の開発による環境破壊や生態系への影響にも配慮が求められることになるだろう。

活断層に森林火災という東カリマンタン州の現状をみるに一部環境保護団体などからは「ジョコ・ウィドド大統領は何を持って自然災害のリスクが低いと判断したのか」と疑問の声も上がっている。

政府部内や野党からの慎重論

華々しく打ち上げたジョコ・ウィドド大統領の首都移転構想だが、「巨額の国家予算の支出をどう国民に説明するのか、優先すべき経済政策があるのではないか」などという声が野党側からは早くも出ている。

さらに財務省などの政府部内からも「具体策が決まらない中、理想だけが先行している」と警戒感も聞こえるなど現時点で大きな支持を得ているとは言い難い状況だ。

ジョコ・ウィドド大統領が所属する与党「闘争民主党(PDIP)」ですら「大統領の任期は2024年まででしかなく、再選規定で続投はない。となると(2024年以降は)別の大統領になるが、その人が引き継ぐのかという問題もある」と極めて冷ややかな見方を示している。

「なぜ1期目に首都移転構想を表明しなかったのか」「大統領選の主要な争点にもなっていなかった政策である」などの声にジョコ・ウィドド大統領はどう説明し、巨大プロジェクトを実現していこうとするのか。早くも前途多難な首都移転である。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザの砂地から救助隊15人の遺体回収、国連がイスラ

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中