中国で「黄帝祭典」盛大に行うもネット民は無反応――「令和」との違い
黄帝を中華民族の始祖として敬うというのは、「中国共産党が全てであり、最高峰の存在であるはずの現在の中国」においては、何とも違和感を与える。しかし愛国主義教育というのは、1989年6月4日の天安門事件が西側諸国に憧れた若者たちによる民主化運動であるとして、「中国にも中国独自の伝統的な文化遺産がある」から「自分自身の祖国である中国を愛しなさい」という教育でもあるので、この矛盾から離れることができない。毛沢東による文化大革命で中国の伝統的な文化を破壊しつくしておきながら、今度は一転、中国の伝統的文化を讃え、習近平政権になってからは、それを「中華民族の偉大なる復興」と結び付けようというのだから、違和感がない方がおかしい。
ところで、動画のタイトルには「己亥年」という文字があることにお気づきだろうか。2019年の干支(えと)は「己亥(つちのと・い)」だ。中国では今や、日本の元号に当たる年号はなくなったものの、干支はそのまま用いている。この辺に中国のネット民が多少の反応を示すかというと、これくらいのことには「萌えない」。
こちらの動画(河南ラジオ・テレビ局と鄭州テレビ局が撮影したものをThe Paperが編集した動画)でも観ることができるが、これは長すぎて中国語の解説が長いので、面倒かもしれない。しかし中国語解説の部分を飛ばしていただくと、1時間半にわたる全過程を詳細に観ることができる。
スピーチでは「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」や「中華民族の偉大なる復興」などを讃え、まるで全人代の挨拶のようだ。最後まで観るには忍耐力を要するが、それでも中国の一側面を知る上では、面白いかもしれない。何しろ荘厳な音楽が流れる中、中国政府の高官らが首に黄帝の象徴である黄色のタイを掛けながら、5000年前の帝王に恭しく頭を下げるのだから。
中国のネットには、さまざまな種類の華々しい動画や静止画面の写真付き解説などが掲載されているが、こんなにまで中華民族の始祖を讃える行事であるにもかかわらず、ネット民のコメントをただの一つも見つけることができなかった。唯一、「人民網」(人民日報電子版)の「強国論壇」にコメントが一本だけあったが、それは当局が五毛党に書かせたものであることが明らかな内容だ。
なぜ「黄帝」に関心を示さないのか
なぜなのか、北京にいる中国の若者を念のため取材してみた。