最新記事

世界が尊敬する日本人100人

夢破れて31歳で日本を出た男が、中国でカリスマ教師になった:笈川幸司【世界が尊敬する日本人】

2019年4月25日(木)16時50分
森田優介(本誌記者)

COURTESY OF KOJI OIKAWA

<日本語スピーチコンテスト優勝者を200人以上輩出し、30カ国で講演。熱血日本語教師として知られるが、中国での歩みは公私ともにどん底からのスタートだった>

201904300507cover-200.jpg

※4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が尊敬する日本人100人」特集。お笑い芸人からノーベル賞学者まで、誰もが知るスターから知られざる「その道の達人」まで――。文化と言葉の壁を越えて輝く天才・異才・奇才100人を取り上げる特集を、10年ぶりに組みました。渡辺直美、梅原大吾、伊藤比呂美、川島良彰、若宮正子、イチロー、蒼井そら、石上純也、野沢雅子、藤田嗣治......。いま注目すべき100人を選んでいます。

◇ ◇ ◇

その声は温和で、むしろ控えめな印象すら受ける。気遣いにあふれていて、電話による取材が彼の所用で中断したときは、何度も「すみませんでした」と謝ってくれた。

タフでなければ生き抜けないであろう中国で、熱血教師として名をとどろかせているとは思えない。だが笈川幸司(49)は、中国に1万8000人近くいる日本語教師の中でも、ユニークで異彩を放つ存在だ。

中国に渡ったのは2001年、31歳の時。遠距離恋愛をしていた中国人の女性と結婚するためだった。しかし、5年半待たされていた彼女は、笈川が北京に着いた翌日に別れを切り出す。笈川は自殺を考えるほど絶望の淵に立たされた(実際、病院で抗鬱剤を処方してもらい服用していたという)。

その女性と出会ったのは、日本で大学を卒業する前、母の勧めで中国に語学留学をしたときだった。1年半の留学から帰国後、笈川は国会議員秘書を経て、27歳で夢だった漫才師を目指す。だが厳しいお笑いの世界では芽が出ず、本人いわく「逃げるようにして」飛行機に乗った、そんな中での失恋だった。

それでも笈川は中国にとどまった。仕事の当てすらなかったが、翻訳の勉強をする時間を確保できそうだという理由で、朝から晩まで働く必要のない日本語教師をやろうと考え、人に紹介してもらってある大学で職を得た。だが実際に彼がやったのは、むしろ早朝から深夜まで全力を注ぎ込む日本語教師だった。

「それまでは楽をすることばかり考えていたが、夢を捨てて中国に行き、そこで『別れてください』と言われてからは、自分の価値観を捨てようと思った」と、笈川は当時を振り返る。「いつ死んでもいい。お金もいらない。もう価値のない人生だから、他人のために全部使おうと考えた」

早朝に学生たちとジョギングをする、自腹で食事会を開いて学生たちを招待する、寮の自分の部屋をサロンのように開放して夜遅くまで語り合う......。その後、中国の名門大学である清華大学や北京大学でも日本語を教えるようになる笈川だが、熱血教師ぶりを示すエピソードには事欠かない。

「ある学生が日本語の学習で悩んでいると、笈川先生が散歩に行きましょうと誘い出して、清華大学から天安門ぐらいまで、2人で3~4時間ずっと話しながら歩いたということもあった」と、笈川の教え子で、現在は東京で通訳の仕事をする35歳の張煒(チャン・ウエイ)は言う。「その子は実際、その後で成績がかなり伸びた。学生の話を聞いて、親身になってアドバイスをくれる先生だった」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英BP、第2四半期は原油安の影響受ける見込み 上流

ビジネス

アングル:変わる消費、百貨店が適応模索 インバウン

ビジネス

世界株式指標、来年半ばまでに約5%上昇へ=シティグ

ビジネス

良品計画、25年8月期の営業益予想を700億円へ上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 10
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中