最新記事

読書

音声は出版の新しいフロンティア──文字以上の可能性を秘めている

2019年4月4日(木)17時45分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

Halfpoint -iStock

<AI「音声エージェント」によって、音声は出版の新しいフロンティアとなった>

出版にとって「デジタルの衝撃」が何であったかは、米国でも立ち位置によって、見え方は大きく異なる。しかし、出版市場における最大のサプライズは、誰が見ても「オーディオブック」だろう。これが一つのフォーマットという以上の存在となると考えた人は少ないと思われる。

読書における「モード」

録音・再生技術で音声読書をサポートする商品は、1世紀以上前から存在し、カセットテープやCD-ROMを媒体として一定の存在ではあり続けたものの、それはつねに紙の本の影の存在で、目が使えない時のものだった。専用のツールを必要とし、もちろん安くはなかった。それ以上に大きいのは、「視覚読書能力」をデフォルトとして個人や社会が形成されてしまったことだ。聴覚のほうは職業的にアンバランスな場合が多く「無用」という人もいる。

しかし、デジタル時代はメディアによってモード(状態)を遷移することができる。デジタルとモバイルWebは、読書におけるモードを自在に移行可能にした。それまで「読書」にはモードがなく、活字が配布される以前は耳から伝えられ、暗記・復唱は言語能力の基本だった。

活字は「耳の集中」から人々を解放したが、代わりに「黙読」や「速読」という別のノルマを課した。近代以降は、教えられたとおりの「視覚読書」を叩き込まれている。漢字文化圏の多くの人、とくに音韻が単純な日本語でこれをマスターするのは容易ではなく、眼鏡は当たり前、ストレスを感じないほどに専門文献を読める人は「学者」と呼ばれるほどだ。

今では、ほぼすべて標準的なAIが活字を「読める」ようになった。コンピュータはモードに対応するが、人間や社会はOSを切換えられないので、モードレスのまま一世代は経過する。オーディオブックは、米国でも40代以下の若い世代に多く普及している。とくに目を休めてコンテンツに集中したいということだろう。若い世代がモードを自然に切替えるようになると、出版ビジネスは「活字離れ」を心配する必要がなくなる。そのぶんストレスが減るということだ。

聴覚の歴史は文字より長い

人類のコミュニケーションにおいて、声は目(文字)より数十万年は長い歴史を持っている。言語表現はここで生まれ、成長した。文字の普及が人口の1割を超えたのが、せいぜい150年、四世代を超えたとは思われない。

「視覚読書」は膨大な教育コストを払って実現されているのだが、近代という国家的努力で推進されてきたメリットを出版業界は享受してきた。長い目で考えると「視覚/聴覚」の「併用/切替」がデフォルトとなり、それに応じて無用なストレスを減らすことが教育コミュニケーションのテーマとなると思われる。アマゾン(Alexa/Echo)は、音声インタフェースがショッピングにおけるデフォルトであることを宣言したが、この会社が「ストレスフリー」であることの意味は大きい。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米経済活動、ほぼ変化なし 雇用減速・物価は緩やかに

ワールド

米移民当局、レビット報道官の親戚女性を拘束 不法滞

ビジネス

米ホワイトハウス近辺で銃撃、州兵2人重体か トラン

ビジネス

NY外為市場=円下落、日銀利上げ観測受けた買い細る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中