最新記事

BOOKS

承認欲求は「最強」の欲求... では、バイトテロはなぜ起こるのか?

2019年2月28日(木)16時05分
印南敦史(作家、書評家)

そして同じことは、パワハラに悩む人、会社から不正を押しつけられた人、イジメに遭ったり引きこもったりする人などにも当てはまるのだという。真面目で責任感が強いあまり、不本意な状況から自身の無力感までを全て抱え込み、最悪の選択をしてしまうのだ。


 とくにわが国の職場では、責任感が強く、仕事をまじめにこなす人には仕事が次々と集まる。最初はそれを意気に感じ、はりきって仕事をしていても、やがてキャパシティを超えて二進も三進もいかなくなる。たとえていうなら力を入れて伸ばしたゴムが、それ以上伸びなくなったとき、パチンと切れてしまうようなものだ。(108ページより)

確かにその通りだが、だとすれば原因はなんなのだろう? そして、どうするべきなのだろう?

もちろん、学生の不安と、官僚や大企業社員のそれでは違う部分があるはずだ。しかし、いずれにしても、ここまで「認められなければならない」というプレッシャーを与えられる社会はおかしいと著者は主張する。

なぜなら本来、承認とは、その人の個性や努力、業績などを評価するものであるはずだからだ。いってみれば、「認められるためにやらなければいけない」というのは本末転倒だということ。


 近年、異常なほどに蔓延しているうつ病や、イジメ、不登校、パワハラ、過労死・過労自殺、企業や役所の組織的不祥事などは、そうした歪みから生まれたのではないか。それだけではない。欧米に比べて顕著に低い時間あたりの生産性、企業の利益率、国際競争力も、負のプレッシャーを与える組織・社会の体質とまったく無関係ではない。
 いまこそ人間の欲求のなかでも「最強」といえる承認欲求を健全な方向へ転換し、人も、組織も、社会も活力を取り戻すべきだろう。(「あとがき」より)

この著者の主張は、至極真っ当なものである。しかし、我々にはここで気づくべきことがあるのではないか。正論が「至極真っ当なものである」という共感を呼び起こすということは、そこに「本来あるべきもの(正論が指し示す本質)」が存在していないという事実である。

本来なくてはならない状況が、そこに存在しない。だから、先に紹介したような自殺者が生まれてしまう。

問題は、我々の多くが、それを頭で理解していながらも自分ごととして受け止めていないことではないだろうか? だから、追い詰められる人が出てしまうのだ。

当然ながら、考えたところですぐに解決策が見いだせるわけではないだろう。しかし、最初の一歩を踏み出すこと、すなわち、個々がいま考えるべき問題と真剣に向き合うことこそが、まず向き合うべきことであるはずだ。


『「承認欲求」の呪縛』
 太田 肇
 新潮新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。新刊『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中