最新記事

国籍

国籍売ります──国籍という不条理(1)

2019年1月29日(火)17時50分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

家系や性別はもちろん、収入や教育も一切無関係に人は皆市民として結びつく、というのが現代の自由民主主義国の大原則である。成人であるというただ一点で人を包摂する市民という資格を、カネで取引するのはこの制度の原則になじまない。そもそも世界の圧倒的大多数の人々には、国籍を選ぶチャンスはもちろん、大金を払って国籍を買う自由はない。であれば結局これは、平等であるべき市民の資格を、一部の特権的な金持ちに優先的に与えることであり、不公正ではないだろうか。

また、国家のメンバーであるということは家族と似ていて、苦楽をともにし、運命を共有する仲間であることが期待される。また民主的国家の場合、集合的な決定はつまるところ多数決でなされるが、多数決が有効に機能するには多数派の決定に少数派が従わなくてはならない。しかし敗れた少数派が自分の意に添わない決定でも受け入れるのは、多数派も少数派も同じボートに乗っていて、究極的には運命を共にする仲間だという意識があるからである。

また、社会保障や福祉制度で、市場での敗者が背負う苦境を、税金で分かち合うには、これまた助け合いの仲間だという感覚が共有されているからではないか。このことは、例えば人口一四億の中国と一億強の日本が、一つの国になって多数決で物事を決めたとすると、日本人がそういった決定に納得できるかどうかを考えてみると、了解できよう。

国籍をカネで買った人には、一般の国民との間に、このような仲間としての絆は期待できない。カネで国籍を買った人々が、国家の政治的決定に参加すれば、それは票を買ったのに等しい。カネと引き換えに国家のサービスを享受する人にとっては、国家は民間警備保障会社や保険会社のようなものである。そういった人々が増えれば、国家の公共性は腐蝕し、多くの市民が国家という制度にシニカルになるだろう。市場で国籍を買った人は、国家が苦境にあるときに、仲間とともに必要な負担や危険を分担するだろうか。カネで買った国籍なら「品質が悪い」と判れば捨て去り、より安全でサービスのよい国に鞍替えするだろう。でも国とはそういうものでよいのだろうか?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中