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国籍が国際問題になり得るのはなぜか──国籍という不条理(3)

2019年1月31日(木)11時50分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

移民を大規模に受け入れていた新興国家アメリカとしては、こういったもめ事をヨーロッパ諸国と起こすのは避けたかったので、ヨーロッパ諸国と個別に外交交渉を行い、国籍の重複を防ぐ取り決めを行っている。バンクロフト諸条約と言われるのが、それである。その他にも国籍制度を整合化する努力が行われたこともあるが、そこでの原則はあくまで個人が唯一の国籍を確実に持つようにすることであり、無国籍や重国籍を防いで、国際紛争を防止することにあった。

しかし冷戦終結後は重国籍を認める国が増えている。この背景には、国際結婚の結果、父系だけではなく母系の国籍も同様に尊重されるべきだという男女平等の考え方が強まったこともある。

また移民の送出国側も、出国した自国民との関係を維持して、在外の自国民からの送金や技術移転を得ようとして、いわゆるディアスポラ関与政策を強化していることもあるだろう。そして何よりも国境を越えた人的移動が活発になれば、国際結婚を始め様々な事情から、結果的に重国籍状態になったり、二つ以上の国に帰属する実利的および精神的ニーズが強まったりするのは、当然の成り行きである。この点は、この特集で鈴木章悟が強調している(編集部注:「英国人にさせられた日本人」、『アステイオン89』所収)。

しかしここで忘れてはならないのは、重国籍に寛容になれた背景には、冷戦後に安全保障環境が劇的に改善したことがある点である。国境が安定した平和な国際環境では、複数の国家への義務や帰属意識が深刻に衝突する事態は考えにくい。

とりわけヨーロッパでは、自由民主主義や人権などの基本的な規範が共有されただけではなく、EUが拡大強化され、広域的な人の移動が自由化される一方で地域機構も強化されたので、域内のどの国の国籍を持っていても就業や居住などの基本的な権利に相異はなくなったし、加盟国の制度や政策の調整も飛躍的に強化された。そのためEU加盟国相互では複数の国籍を持っても、不都合は感じられなくなったのである。

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